主人公が,墓石などいらないと思ったのは,墓石があれば,そこになにか言葉を刻まなければならないからでした。
墓碑銘のない,主人公の妻の墓を見ていた男が口を開きます。
「読ませてもらってかまいませんか?」
男は,墓を読むといいます。
主人公の妻は,家から姿を消して3日後に,800マイル離れた場所で,どこかの男と一緒にスポーツカーでオークの木に突っ込んで死んでいたのです。
妻は,なにかを…なにかをきちんと言葉にして説明することがありませんでした。
いまいましい無言,微笑み,目をそらし,遠くを見やり,上目づかいに見上げる顔。
そして,最後の…最後の仕打ちがこれです。
なぜ?なぜだ?
主人公は,男から,墓を読むことを学び始めます。
そうして,一年たち,主人公が妻の墓を読めるときが来たようです…。
いやはや,荒唐無稽なお話であるのに,異様に胸に迫ってくるのは,なぜなんでしょう。
何も言わずに死んだ妻への,どこにもぶつけられない,納得できない,歯がゆい苛立ちと悲しみの入り混じった思い。
それが,不思議な男から,墓を読むことを学ぶにつれ,生前の妻のひそやかな言葉を読み取ることができなかったことへの反省を覚えるほどに,静かな心境へと変化していきます。
主人公は,妻の墓に「安らかに眠れ」と刻みをいれます。
主人公の選択が,妻にとっても,そして,主人公にとっても,まさに,墓碑銘どおりとなります。
まことに美しいラストです。
異常なシチュエーションにおいて,心を揺さぶられるような感動を描き出すスタージョンの作品群(「孤独の円盤」や「ゆるやかな彫刻」などなど)の中でも,特に大好きな作品ですね。
誰もこんな話は思いつかないでしょう。
「SFマガジン 1999年2月号」に,大森望氏訳で掲載されたとき,氏が,スタージョンの作品(とりわけ短編)が,ほとんど読めないお寒い状況を嘆いておられたが,氏の奇想コレクションでの編集を皮切りに,今の活況に至っているのは喜ばしい限りであり,さすが,スタージョンの底力というべきでしょう。
ご承知のとおり,本作は,晶文社の「海を失った男」に収録されています。
