宇宙市民~ロバート・シェクリィ③

 シェクリイといえば、やはり「危険の報酬」にとどめを刺すとなってしまいますが、社会風刺の切っ先がすっかりなまくらとなり、ストーリーの意外性も野暮ったく煤けてしまっているにしても、古めかしくも人情味あふれる展開に、ノスタルジーを感じて、ほっこりとした気持ちに浸れる作品群にも捨てがたい魅力があります。

 短編集「宇宙市民」には、タイトル・ナンバーをはじめとして、この系統の作品がいくつか収められています。

 「宇宙市民」は、スパイが横行し、監視機器が至る所に張り巡らされた社会がつくづく嫌になった主人公が、地球を脱出し、辺境で見つけた、こじんまりとした惑星で一人のんびりと生活をしようとしたところ、行きの宇宙船から、積み込んだジャガイモ袋に隠れていた可愛らしい女性、近くを通った小惑星では、両親から捨てられてしまったという少年と道行になるところから始まります。

 到着した新天地で彼らが生活を始めると、ほどなく、セールスマン、果物摘みの季節労働者、新聞記者等々、半ダースを超える人がやってきては、船のバルブが故障して出航できないという口実で、居着いてしまいます。

 これらの連中は、いずれも「二流」のスパイで、本来の仕事として、主人公の偵察の役を担っているわけですが、新天地での生活をみんなで協同して過ごしているうちに、すっかり役目がおざなりになってしまいます。

 そんなある日、地球から重要指令が来て、過去の区割りの手違いか何かで、この惑星一帯のエリアが、地球のどの国の所有にも属さないことが判明したということで、主人公以外の全員が召喚を命じられます。

 やむなく地球へと戻ろうとするを主人公が引き留めます。

「君はもうスパイじゃないんだ。」

 他愛もないお話と言ってしまえばそのとおりですが、この素朴で温かいストーリーには、何かあこがれというか、惹かれるものがあるんですね。

 真面目で間が抜けているスパイたちのみえみえの行動が思わず笑えてしまいますし、気付かぬふりをする主人公の大人の対応も素敵です。

 

 「徘徊許可証」は、アンソロジー・ピースとして、有名な作品です。

 これも僻地の鄙びた植民星を舞台とするお話です。すっかり地球からも忘れ去られてしまった、ニューデラウェアと呼ばれる星には、一つしかない村で、人々は、平和に、代わり映えのない暮らしを代々続けていました。

 ところが、ある日、200年ぶりに、地球から緊急連絡が入ってきます。

 植民星の反乱で崩壊していた地球政府が、新たに「地球帝国」として再興し、版図の視察と軍への徴用を兼ねて、ニューデラウェアに、行政顧問と調査官がやってくるというのです。

 市長(村長という方がふさわしいが)は、この星が、地球帝国の一員としてふさわしいと認めてもらおうと、地球らしさを示そうと、教会、刑務所、郵便局を新設し、しかるべき職に村人を任命しますが、警察があるからには、犯罪者がいる必要があり、漁師のトムがその役を仰せつかります。

 犯罪など皆無の村で、トムは住民の協力も得て「努力」しますが、盗みですら四苦八苦の状態で、「殺人」などできるわけがなく無為に日々が過ぎてしまいます。

 「徘徊許可証」とは、犯罪者たるトムに公布された、犯罪許可証です。

 <立会人全員の認めるところにより、トム・フィッシャーを公認強盗殺人犯とする。ここに右の者は、暗い露地を徘徊し、いかがわしい場所に出没し、法律を破る義務を持つものとする>

 「反戦」がテーマであるというのも気恥ずかしいような朴訥としたストーリーですが、見切りをつけてこの星を出ていく行政顧問と調査官にしたがえど、名残惜し気に振り返り振り返りする兵士たちが印象的です。

 今では、「おバカSF」として、設定とオチの面白さを楽しむ作品であるのかなと思います。

 

 「トラナイへの切符」は、やや毛色の異なる作品です。

 主人公は、トラナイという惑星が、ほんとうのユートピアであると聞きます。

 ようやくのことでたどり着いたトラナイで、主人公は、合点のいかないところもある奇妙な「社会制度」にとまどいつつも、美しく、従順な娘と結婚し、仕事も順調で、幸せを手に入れたと喜んでいました。

 ところが、ある日、妻の不倫の現場に遭遇してしまいます。

 実は、トラナイでは、妻は、若さを保つため、普段は「デルジン・フィールド」に格納しておき、来客やパーティなどの「肝心」なときに目覚めさせるというのが当たり前なのに、主人公の妻は、家事に忙殺され、日々年をとってしまうことが耐えきれなくなったというのです。

 間男との決闘から命からがら逃れて、ようようのこと、地球へと帰還した主人公ですが、こんな目に合ったにもかかわらず、トラナイの風習を懐かしむところもあるというお話です。

 この作品は、人情味があるとはいえず、結構えげつない展開ではあるのですが、全体としてのほっこりさは、上記の作品と共通しています。

 面白いのは、社会風刺の文脈での前時代的な女性の価値観がなまくらすぎるゆえに、かえって思いがけなくもインパクトが出てきているところです。今時、こんな作品を書くのは、炎上覚悟の蛮勇といわれるでしょうね。

 

 ということで、「宇宙市民」には、それなりに楽しめる作品があるのですが、あえて復刊するには至らないのもわかる気がします。ただ、「徘徊許可証」については、新版の「冷たい方程式」採録されたので、幸い、しばらくは、忘れ去られることはないでしょう。