ネオンにいろどられたニュー・デンバーの町。
ぼくは,ホッグ街で,ひょっこりとアドラーおじいさんに出会います。
猥雑で騒々しく,異星人がたむろする下町の酒場で,ぼくは,アドラーおじいさんに話しかけます。
「アドラーおじいさんは,どうして不倖せなの。宇宙を隅から隅まで見たのに。どうして地球の土なんか袋に入れて,首にかけているの」
短いけれども,目の前に開ける宇宙に対して,「これから色々な面白いことを経験できるぞ」という若者のわくわく,どきどきの沸き立つような心持ちをみずみずしくあらわすとともに,長年にわたり豊富な体験をしてきたアドラー老が,滅び去った地球の土を肌身離さず持ち歩く姿とのコントラストを,詩的にとらえた有名作品です。
翻訳は,小笠原豊樹氏。
スタージョンの「奇妙な触れ合い」や最近復刊された「一角獣,多角獣」などの翻訳をされていた方であります。
リズムと語感に細かい配慮が感じられます。
おそらく,原典のイメージを,適確に伝えておられるのだと思います。
私は,この作品を読むと,なぜか,映画「ブレード・ランナー」の一シーンを思い出します。
アンドロイド狩りのリックを逆に追い詰めたアンドロイドの首領が,なぜか,リックを殺さず,彼が外宇宙で体験した驚異の世界を語るシーン。
アドラー老が,失われた地球をいとおしむ姿とかぶってきます。
帰るべき故郷がない,そこに住み,語るべき同胞がいない深い孤独。
アドラー老も,かつては,若者と同じだったのでしょう。
若者の,あっけらかんとした,楽天的な姿は,それはまたそれでいいのである。
「SFマガジン」1990年10月号・創刊400号記念号に再掲。