アルジャーノンに花束を~ダニエル・キイス

 何度読み返しても,涙腺がうるむという作品には,滅多とは出会わないものですが,この作品は,そのうちの一つ。

 もともとは,短編として発表され,後に,より詳細な長編版が出たのだが,前者は,1960年度のヒューゴー賞短編部門を,後者は,1966年度のネビュラ賞長編部門を,それぞれ受賞しています。

 一般に,短編を引き伸ばした長編の場合は,作者が短編だけでは言い表せなかったことをどうしても描きたかったという思いが,ややもすれば冗長になる恐れがありますが,この長編版は,そんな心配は無用です。

 長編版には,短編版では書ききれない,出来事にいたる様々の背景を描き込み,主人公チャーリーの感情のうねりまでも肌身に感じるくらいであり,個人的には,自由奔放な女性フェイとの関係の部分は必要かな?と思いつつも,やはり,感動という点では長編版に軍配があがるでしょう(こんなところで優劣をあげつらっても仕方ないのだが)。

 しかし,短編版も,プロットの核となる部分は,当然のことながら,押さえてあります(いわゆる,泣きの部分ですね)。

 チャーリイが,「友達はみんないいやつで,俺を好いてくれるし,いやなまねをしたことがないよ」といったら,キニヤン先生がうるうるして洗面所へ走っていく場面。

 I said all my friends are smart people but there good. They like me and they never did anything that wasnt nice. Then she got something in her eye and she had to run out to the ladys room.

 新米の皿洗いの失敗をはやす人々に対して,チャーリイが思わず叫ぶ場面。

 I jumped up and shouted,“Shut up! Leave him alone! It's not his fault he can't understand! He can't help what he is! But he's still a human being!"   

 何もかも忘れてしまったチャーリイが,キニヤン先生の教室に入っていく場面

 …I said hello Miss Kinnian Im redy for my lesin today only I lost my reader that we was using. She startid to cry and run out of the room…

 等々。

 長編版では,チャーリイが知力を得るとともに,過去のおぼろげであった記憶がよみがえるにつれ,むごい現実を思い知らされていくさまが,克明に描かれます。

 とりわけ、両親、妹との関係は、肉親であるゆえに、あまりにもつらくて悲しいですね。

 また,ニーマー博士に,思いをぶちまける場面では,作者の最も言いたかったことを,チャーリイに言わせているのでしょう,読みどころの一つです。

 知能・教養は大切なものであるが,同時に,いかに人間関係に楔を打ち込むものであるか。

 なかなか,難しい問題ですよねえ。 

 あまり,長編を読まない身としては,これだけ充実した長編を読まされると,その短編版だけで,事足れりとすましていられないのが,つらいところですね。

 短編版の方が出来が良いという作品も,結構,聞くんですけれどね。

 
 さて,ぼちぼちと,感想を書き連ねたSF短編も68編目。
 まだまだ,未読のものも数多く,新たな作品もどんどん生み出されてきます。
 細々ながら気長に続けてまいりたいと思っております。
 お読みいただいた皆様には,感謝とともに,来年もまた,お付き合いいただきますよう,よろしくお願い申し上げます。
 それでは,よいお年を。

 P.P.S. Please if you get a chance put some flowrs on Algernons grave in the bak yard....