危険な関係~ワイマン・グイン①

 この時代,人々は,人格を薬剤の摂取により、主分身と副分身とに完全に分離し,5日おきに,シフトして生活するという社会になっていたのです。

 これは、もともとは,精神分裂症の治療から始まったものでした。

 相反する心の動きといった人間の感情を制御することが,不安定な精神状態により戦争を引き起こすような危険を回避することが可能になるのではないかと考えられ,人格を分けることが,安定で平穏な社会を創ることができるという発想からでした。

 次第に,この考え方が優勢となり,それに反対する勢力は駆逐されていました。

 そして,「強制的人格分離社会」の秩序を維持するため,“医学警察”という強力な監視体制が敷かれていたのです。

 この物語の主人公はビル。妻はヘレン。
 ビルは,副分身コンラッドの妻クララと不倫!関係にある。
 ややこしいことに,彼らは,お互いに,主分身,副分身同士が夫婦であるという珍しい関係であったのです。

 シフトのわずかの端境を利用して、逢瀬を重ねるビルとヘレン。
 しかし,その秘密は,医学警察の知るところとなるのですが…。


 二重人格を強いる社会を,非常に理詰めというか,ガチガチに構築した力技の力作です。
 
 浅倉久志氏の解説にもあるように,精神分裂症と二重人格とを同一視しているところが腑に落ちないところはあるものの,圧倒的な迫力の前では,そんな欠点もさほど目につかなくなります。

 人間は,自らをも滅ぼしかねない衝動も有する愚かさもありますが,様々の心理的葛藤が、人間であることの証左でもあり,それを薬物で制御する社会というものが,幸せな社会といえるのでしょうか。

 “不倫”というパーソナルなこと自体が価値あることとも思えないが,罪悪感を持ちつつも,突き進むところに存在する,一種の生きているという「充実感」とでもいうようなもの,それが,分裂的な自我を有するからこそ体感できるということなのか。

 極端な設定ではあるが,ユートピア批判の視点から、「管理社会」を考えさせる作品です。

 ことが起こるたびに,もっと「管理」,「監視」をという世論の声が上がるし,もっともなことだと思うが,安定を得ることにも,代償は必要であり,そのへんのバランスをどうとるか。

 この作品のすぐれているのは,考えられた構成とともに,主人公の破滅への道筋が無理なく描かれ,また,登場人物の書き分けが実に巧みなこと。

 そして,何よりも,甘くない結末の素晴らしさ。この,ビターな余韻は,見事です。
 ちょっと,「未来世紀ブラジル」的なやりきれなさがあります。

 作者のワイマン・グインは,寡作ながら,非常に印象に残る短編が邦訳されています。

 他の2編「空飛ぶヴォルプラ」と「ゼロの発見」は,この作品とは,全く毛色の異なる,ほのぼのしたものですが,どちらもいい作品です。 

 ハヤカワ文庫SF「空は船でいっぱい」に収録。