さて,この作品でいうところの,女性の<解放>とは,なんでしょうか。
アムネロールなる薬剤が発見され,副作用なくして,女性が,月経から自由になることができるようになったのです。
物語は,裁判官たる主人公の,娘のパーディタが,サイクリスト(生理になることを選択する女性たちの一派)になると言ったことから始まる騒動をコミカルに描きます。
もう一人の娘のヴァイオラと実母は,パーディタの考えを翻さそうとお節介をやき,彼らと,個人主義的主人公と,パーディタの代理としてやってくるサイクリストとの間で,論争がドタバタと繰り広げられます。
なかでも,世界を股にかけた紛争調停人たる義母のカレンが,この場に闖入してきて,掛け合い漫才的面白さに拍車がかかります。
いや,ほんとカレンはナイス・キャラクターですね。実に面白い。
サイクリストのある種の頑迷さが,妙に浮き上がってしまった滑稽さを出しており,これには作者のシニカルな視点を感じます。
まあ,あえて言えば,頑迷なフェミニストの,すべて男のせいであるといわんばかりの被害妄想的思考が,少々笑えてしまうのと似ているといえばよろしいでしょうか。
その意味では,この作品を不愉快に感じる人もいるかもしれません。
でも,主義主張以前の問題として,生理から自由でありたいと願う女性の気持ちは,男である私には心底理解することは無理にしても,わかるような気はします。
それにしても,コニー・ウィリスの作風も多彩ですね。
物議を醸した問題作「わが愛しき娘たちよ」から,量子論を物理学者の会議になぞらえたお笑い作品「リアルト・ホテルで」,シリアスな「クリアリー家からの手紙」などなど,いやいや,なかなか,ひとくくりにできない,実にしたたかな(ほめ言葉)作家であります。
饒舌な語り口に好悪が出るような気もしますが,この作品についていえば,このしゃべくりと毒舌が適度におさまっていて,とにかくわかりやすくて面白いというのが,ヒューゴー,ネビュラ,ローカスのトリプル・クラウンをとった理由でしょう。
ちなみに,長編「ドゥームズデイ・ブック」も,同年のトリプル・クラウンという離れ業を記録しています。
「SFマガジン」1994年1月号掲載。
