ある殺人者の168体のクローン。
かれらは,168人の被害者の家族のもとへと配送されました。
その中には,オリジナルも含まれているということだが,それはどこに送られるかはわかりません。
かれらをどうするかは,被害者の家族に委ねられますが,もちろん,合法的な報復の対象と認められているのです。
この作品は,被害者へのインタビューという形式を用いて,描かれています。
状況を示す説明文はなく,インタビューアーの言葉も一切省かれ,被害者の発言のみをもって,事の顛末を浮かび上がらせるという,技巧的な作品であるが,決して,技巧に走っているという作品ではありません。
被害者側の立場からの発言を,そのまま客観描写することで,生々しい迫力を生み出すことに成功していると思います。
翻訳(中村融氏)も、的確なのでしょう。
この作品は,1995年4月に発生した「オクラホマ・シティー連邦ビル爆破事件」をベースにしています。
トラックに仕掛けられた爆弾により,168名もの死者を出した恐るべき凶悪テロ事件です。
(この犯人の死刑をめぐっての論議について。参照)
短編ながら,シリアスな問題をシャープに提起していますね。
被害者の遺族による犯人への“復讐”の権利というものをどう考えるか。
クローンは,オリジナルと異なる人格というものを有するのか。
クローンは、オリジナルの罪を原罪の如く背負っているのか。
そもそも,クローンに人権はあるのだろうか。
報復を辞さない遺族,そうはしなかった遺族,作者は,特段の意見をはさみません。
しかし,物語のラストの,クローンの言葉は,簡潔で,胸を衝きます。
一体何のためにこの世に生まれてきたのか。
内臓硬化という宿命により,5年ほどしか生きられない彼らだけに,その哀れさは,一入です。
オリジナルから生み出されたものとはいえ,彼自体は,犯罪を起こしておらず,その記憶もないのだから。
ビッスンといえば,どこか調子の外れた不思議なユーモア作品が持ち味というイメージがありますが,作風の異なるこの作品は異彩を放っています。
しかも,屈指の名作であると思います。
2000年度ローカス賞,ネビュラ賞短編部門受賞作。
ヒューゴ賞は逃したのですね。トリプル・クラウンにふさわしい作品なのですが。
ハヤカワ文庫SF「90年代SF傑作選 下」収録。


