「わたしは醜い石と肉の子であり、それを否定することはできない。母のことは覚えていない。わたしが生まれてすぐに蒸発したのかもしれない。どうせ死んでいるのだろう。わたしは父の姿も―息子と似ているとすれば、くちばしがあり、翼もどきのものがついた醜い代物のはずだ―見たことがない。」
77年前にモルデュー(神死)が起こり、あらゆる存在がぐらつき、世界は、混沌に飲み込まれてしまいます。妄想が実体あるものの如く現実化し、これまでの安定した世界は崩壊し、物語の舞台となる聖堂だけは、かろうじて残っています。素性のよくわからない司教の下で、中世のような、退化した小世界ではあるものの、何とか一定の秩序を維持しています。
ただ隠されていることは、石像が命をもつようになることを信じた者たちによって、石像が「肉体」を持つようになり、人間と交接して、主人公のような石と肉の子供が生まれていることで、これらを異端の者として、聖堂の2階に追放し、隔離しているという設定です。
あるとき、司教の娘とある異端の若者が恋に落ち、捕らえられた若者が処刑される寸前に、主人公は、聖堂の大窓を覆う分厚いカーテンを解き放ち、光で聖堂全体を照らすという作戦を実行します。聖堂内に住まうすべての存在が明らかになったとき、その混沌を、2階の異形の者たちも含めた全員で鎮めていこうと、新しい世界のリーダーたらんとした主人公はみんなに呼びかけるのですが、その容貌の醜さから、誰にも受け入れられません。
失意の主人公に代わり、聖トマスの巨人の石像が、満を持したかのように、新しい秩序の構築に向けて動き出すというところで、物語は終わります。
この「ペトラ」を最初に読んだとき、動く聖人の石像、人間と交わって生まれた子供たちという、この世のものではない、背徳的で、悪夢的な存在に、強く引き付けられたことを覚えています。肉をもったキリストの姿も刺激的で、なかなかにタブーブレーキングな設定の攻め方をしている作品です。
今までの価値観を揺るがし、根本的な認識の変化をもたらすような事態が生じた場合には、既存の物差しで測ることしか知らない人ではなく、変化を消化して、新しい秩序を提示することができる人が求められている。それが人でなく、命をもった石像であるかもというのは、妙な言い方かもしれませんが、巨視的、宇宙的な感覚が漂っており、私としては、ファンタジーではあるものの、SF的なイメージを持っているのかなと感じました。
この作品は、ブルース・スターリンクが編纂したサイバーパンクのアンソロジー「ミラーシェード」にも収録されました。
電脳に関することはちっとも出てこない作品ですが、これまでとは全く違う異質な世界において、混沌の中を切り込んでいくのをタブーを恐れず楽しむという姿勢が、スターリングが共鳴したところではないでしょうか。
もう40年以上前の作品ですが、異形の世界を好み、少し思弁的な雰囲気も楽しみたいという方にとっては、おすすめの一品だと思います。
