「監視者」~リチャード・カウパー

"監視者を監視するは誰ぞ?"
 
 リチャード・カウパー(1926~2002)を知る人はそんなに多くないでしょう。ジョン・ミドルトン・マリー・ジュニアという作家が、60年代中頃から、SFやファンタジーに主力を移した際に、別ネームとして使用した名前です。
 
 彼の作品のうち邦訳されているのは、サンリオSF文庫から長編が2冊、短編が数編のみで、日本ではあまり話題に上がることもなかったマイナーな存在です。
 
 「サンリオSF文庫総解説」では、渡辺英樹氏が、この2長編は、本来のカウパーらしさをあまり感じられるものではなく、彼の資質が活かされ、評価を得たのは中短編であったと記されており、その代表例として、この「監視者」の名が挙げられています。
 
 1272年9月、イクス谷にある孤城のようなオーテール修道院に、はるばる高名なマイスターが訪ねてくるところから物語は始まります。彼の名は、シュテルンヴェルツといい、院奥の円型の塔の中に、人ひとりがようよう入れる小部屋を設置し、この地にとどまって著述の生涯を送ります。
 
 時は流れて、1923年5月、第一次世界大戦から復員したスピンドリフトは、シュテルンヴェルツの事績に魅かれて、さらに探求しようと、オーテール修道院へとやってきます。出迎えたロデリゴ修道士は、これまでの研究の成果をすべてスピンドリフトに託し、ほどなく世を去ります。
 
 フェラン院長は、シュテルンヴェルツからロデリゴ修道士まで延々と書き継がれてきた予言書をスピンドリフトに手渡します。そして、院長は、スピンドリフトを、予言を受ける場所とされる小部屋へと誘うのですが…。
 
 SFとして斬新かといわれると、YESとは言い難いのですが、物語の設定と展開が巧みであり、抒情をたたえて丹念に描かれる「文学」的なところに持ち味があるように思います。
 
 国書刊行会の「未来の文学」シリーズの「ベータ2のバラッド」に、同作者の「ハートフォード手稿」という短編が収録されています。ペストに襲われたロンドンに漂着した時間旅行者のお話ですが、当時のまちの姿と市井の暮らしが目に浮かぶような描写に、作者の得意としているところがわかるような気がします。
 
 オーテール修道院について、ネットで調べた限りでは、実在なのか、モデルとなる院があるのかどうかもわかりませんでしたが、古代の巨石遺構が残る人里離れた古い修道院が、スピリチュアルで神秘を秘めた、いかにも物語の舞台にふさわしく描かれており、冒頭から物語の世界へと引き込まれます。
 
 自分を引き継ぐ預言者も予言されている・・・
 スピンドリフトは、予言の正しさを目の当たりにしながらも、運命論的世界を必ずしも受け入れているわけではありません。予言と異なることがわずかでも起これば、未来は変わるかもしれない、そんな願いを抱きながら、新たに修道院を目指してやってきた若者に一縷の望みを託します。
 
 物語の流れは、意表を突くような驚きはありません。むしろ、予想される展開なのですが、抗いつつも、運命を変えられない切なさと諦観のうちに、悲劇のラストへと収斂していきます。
 
 地味な作品ですが、埋もれてしまうのも惜しいと思いますね。
 
 「監視者を監視するのは誰ぞ?」
 人類の未来を見せているのはいったい誰なのか、その目的は何なのか。
 いろいろと想像は広がります。
 私としては、「百億の昼と千億の夜」のラストにほのめかされる、高次元の存在のようなものを感じました。
 
 「SFマガジン 1977年10月号」掲載