第六ポンプ~パオロ・バチガルピ②

 「おまえはトログ並みのバカだな。ライターの火でガス漏れを調べるなんて、頭に脳みそはいってるか?ボケちまったのか?」 
 
  環境汚染が進み、人々は、有害物質にさらされ、添加物だらけの食品にさらされて、痴呆化と妊娠異常が深刻となっている、気の滅入るような世界で、かろうじて知力と良識を保ち、現場で社会を支えている人々の姿を描く作品です。
 
 主人公のトラヴィスは、ニューヨークの下水処理施設に勤め、大量の排水処理を一手に担っている巨大な10基のポンプを管理しています。
 トラヴィスは、高等教育を受けていない現場の作業員なのですが、相棒や上司は、マニュアルすら読めず、機械トラブルにも何の対処もできない無能な連中ぞろいで、まともなトラヴィスのおかげで、何とかシステムが維持できています。
 ある日、ついに第6ポンプが停止してしまい、原因を探るため、トラヴィスは、相棒のチーを連れて、初めて地下へと降りていきます。
 メンテナンスが放置されたまま、1世紀以上も黙々と働いてきたポンプ。
 もはやポンプの製造会社も倒産していましたが、技術情報は公開されていたため、トラヴィスは、それを読み解ける人を探しに、コロンビア大学へと向かうのですが・・・。
 
 汚濁にまみれ、頽廃・劣化の一途をたどる都市の暮らしが、げんなりするほど生々しく描かれます。
 とりわけ、劣化を象徴する人類の痴呆化の描写は、ブラックユーモアが過ぎて、暗澹としてしまいます。
 ガス漏れのレンジの故障を調べようとライターを点けて中を覗き込むトラヴィスの妻マギー、体に貼っておけば有害物質を無毒化できる効能があるという「護符」を信じているチー、汚染水に飛び込んで得体のしれない湿疹が噴き出ているマギーの親友ノラ・・・。
 
 極めつけは、もはや人間とは言えないレベルにまで知能が退化してしまった「トログ」と呼ばれる連中です。
 黄色い目をしたトログたちは、公園や道端にたむろし、ひたすら性交にふけっています。
 おとなしく、凶暴なわけではないのですが、トラヴィスにお相手を求めるなど、ホラーじみたグロテスクさでいっぱいです。筒井康隆の「メタモルフォセス群島」での、異種間乱交が繰り広げられる悪夢のようなシーンの記憶がよみがえりました。
 頼みの綱であったコロンビア大学でも、学生たちは裸で、みんな幸せそうに、日光浴とセックスを楽しんでいる始末。
 人類の、こんな体たらくにもかかわらず、その昔に建造された巨大な基幹システムは堅牢で、長期にわたって、人知れず、健気に稼働しているのが、対照的です。
 そして、トラヴィスのような人間がわずかに残っていて、社会インフラの崩壊を食い止めています。
 トラヴィスは、そんな立ち位置にプライドを感じてはいるのですが、あまりに周囲の状況がひどくて、肉体的にも精神的にも疲れてしまっています。
 トラヴィスとマギーとが、トログたちが折り重なりあう路地裏で、トログたちに見られながらセックスするシーンが印象に残ります。堕ちる悦びに身を任せてしまいたくなる姿に、わからなくもないけれど、やりきれなさも感じましたね。
 
 それでも、トラヴィスは、大学図書館から専門図書を持ち帰って勉強を始めようとし、希望を見いだせるようなラストにはなっています。
 怠惰に流されず、一歩でも踏み出すことで、未来を変えられるかもしれないと、マラマッドの「夏の読書」ではないですが、さんざ描かれた絶望感の前では、どうも明るい気持ちにはなりませんね。
 イメージ喚起力が高く、作品世界の解像度が高いため、好き嫌いが別れそうな作品ですが、読めば長く印象に残るインパクトを持っています。