過去と未来はおなじものであり,わたしたちにはどちらも変えられず,ただ,もっとよく知ることができるだけ
「千夜一夜物語」的フレームを借りて,過去・未来へと行くことのできる「歳月の門」を利用したお話が織り成されます。
主人公アッバスは,バグダッドで,「錬金術師」パシャラートの営む不思議な店で,「歳月の門」を見せられます。
そして,この門をくぐった人たちのエピソードを3つ聞くこととなります。
幸運な縄ないの物語
縄ないを稼業とする若い男ハッサンが,20年後の裕福な「自分」に会い,貴重な示唆を受けるお話。
自分自身から盗んだ職工の物語
アジブという若い職工が,20年後も相変わらずの「自分」でいることに係る数奇なお話。
妻とその愛人の物語
先ほどのハッサンの妻が出てまいります。妻の若い恋人とは誰でしょう?
アッバスは,これらの実話から,過去と未来は決まっており,決して変えることはできないことを知ります。
それでも,アッバスは,過去への旅を行うことにします。彼は,諍いの後,礼拝堂の瓦解により不慮の死を遂げた妻への罪の意識を持ち続けていたのであります。
寡作をもってなるテッド・チャンの新作ということで,「SFマガジン」1月号を買いましたが,それだけの価値のある作品でした。
「どこでもドア」によるタイム・トラベルものですが,過去も未来も変えることはできないという動かしがたいルールのもとに描かれており,決まった人生を,ループのように繰り返すだけという“閉塞感”がつらいお話かなと思いましたが,「いやそれだけではないんだよ」という救いでぐっと盛り上げるところが用意されております。
たとえ,過去・未来が決められたものであっても,よく“知る”ことで大きな違いが出てくる,そこに意味があるということを感動的なエピソードで語っています。(もう一編収録されているショート・ショートの虚無さと対照的ですね。)
緻密な構成で語られるため,一読ではもったいない,本腰を入れてじっくりと読み込むと大変に味わい深いです。
設定について,ウルフさんの「アメリカの七夜」を思い浮かべましたが,大きな違いは,幻想的雰囲気が意外にしないところですね。生真面目に、地に足がついている書き方をしているせいでしょうか。
同号の「魔法と科学とはどう違うか」というエッセイで,作者が指摘しているように,「歳月の門」は利用する人の個性にかかわらず,同じ効果をもたらし,過去・未来に干渉することはできないという点を押さえているところが,「科学的」なのかもしれません。
ただ,題材がポピュラーなものだけに,新しいヴィジョンを提示するというようなインパクトは少ないのは事実かな。
