「時間」を超える物語は、SFの定番・鉄板の分野で、膨大な作品とともに、数多のアンソロジーが編まれています。
その一つが、中村融氏編集の「時の娘」(創元SF文庫、2009年)です。
SFマガジンなどに掲載されたきりで埋もれていた佳作に今一度スポットが当たるのは、オールドファンにとって、嬉しくもあり、また、今の読者がどう評価するのだろうなあというのも興味がありますね。
冒頭の作品は、ウィリアム・M・リーの「チャリティのことづて」(1967年)。
熱病にかかったことをきっかけに、1965年の現代に生きるピーターと、1700年に生きるチャリティとが、相手の声を聞くことができ、相手の目を通じて、互いの世界を見ることができるようになります。
二人が親密になっていく中、未来の世界を知ることになったチャリティは、不注意な発言により「魔女」の疑いをかけられ、チャリティをわがものにしようとした悪徳地主の手に落ちそうなピンチとなりますが、ピーターは古記録を探り、まだ露見していない地主の悪行を見つけ、それを利用することで何とか難を逃れます。
ただ、そんなこともあって、二人の交流は段々と少なくなり、チャリティからの別れを告げられ、年月が過ぎ去ったのち、思いがけず、ピーターにチャリティからのメッセージが届けられることになります。
時代がかったノスタルジーも悪くなく、今どきは書けないだろう、衒いのない「素朴さ」が魅力の作品だと思います。
デーモン・ナイトの「むかしをいまに」(1956年)。
なかなかに技巧的な作品です。
過去⇒現在の「因果律」が逆転した世界を描きます。ディックの「逆まわりの世界」と、同じような設定なので、よく似た記述が出てきます。ディックのこの作品が1967年なので、デーモン・ナイトの方が先駆なのでしょう。
家族や知人との出会いと別れが、逆の流れで進行していくのが、意外な喪失感とやるせなさを生んでいます。これも同じ設定の、清水義範氏の「グローイングダウン」は、初恋を絡めて、このへんをより感傷的に描いています。
ワンアイデア・ストーリーですが、コンパクトで綺麗にまとめられた作品です。
バート・K・ファイラーの「時のいたみ」(1968年)。
これは、ワンヒットワンダーの一つですね。
愛する妻の命を救うために、10年の歳月を、肉体の鍛錬に費やしてきた主人公。
彼は、タイムトラベルにより、10年前の時点へと再び戻ってきます。突然、10年老いてしまった夫にとまどいつつも、何か訳があったのだろうと受け入れる妻。タイムトラベルの条件として、戻る時点以降の記憶は消去されるため、夫は、なぜ自分がタイムトラベルを敢行したのかがわかりません。そして、「事故」の日がやってくるのですが・・・。
実に渋く、ビターな味わいの、大人の作品といった感じですね。タイムトラベルの制約条件の中で、主人公が選んだ、原始的な肉体の力に賭けるやり方は、ストレートですが、リアルな迫力をもたらしています。
ハッピーエンドにしないところは、賛否が分かれるかもしれません。でも、このラストの方が、夫婦関係の微妙なあやを感じさせ、余韻が残るような気がします。名作だと思います。
チャールズ・L・ハーネスの「時の娘」(1953年)。
母と娘の、一人の男(夫でもあり、父親でもあります。)をめぐる相克のお話です。相克というより、娘が躍起になっているというのが正しいのですが。
タイムパラドックスもので、ハインラインの輪廻の蛇を読んでいるような心持ちとなりました。
母と娘と娘が身ごもる子供が、結果的に同一人物で同時に存在していることになるため、訳が分からなくなるのがご愛敬ですが、自分でも、この手の論理展開にしっかりとついていけないのが、SF読みとしては、お恥ずかしいところです。母親、娘、孫娘(娘と父親との間にできた子供)の三人が別個に存在するという話としても成り立つのではと思ってしまいます。
思考実験的な面白さでいえば、「現実創造」の方が、私としては好みですね。
そして、掉尾を飾るのが、
ロバート・M・グリーン・ジュニアの「インキーに詫びる」(1966年)。
これは、埋もれさせたくない作品です。
やや人生にくたびれ、愛すべき女性と一緒になれなかった後悔を抱えてきた中年男性の願望がかなうハッピーストーリーで、洒脱で、コミカルで、陣と心にしみる、まさに手練れの作品です。
SF味は薄いのですが、現在に、過去と未来の登場人物が、並行的に現れる凝ったつくりとなっていますが、ツボを押さえた適度な錯綜が心地よく、作者も楽しみながら書いているのだろうなあと感じます。
登場人物のキャラの立った描き方が素晴らしい。読者が年を取るごとに、味わい深くなる名作であると思います。
正直、他の初訳の作品は、さほどのものとは思いませんでしたが、再録のものが粒ぞろいです。
後ろを振り返ってばかりはいけませんが、掘り起こす価値のある作品もまだまだ眠っているでしょうし、この手の企画は続けていってほしいですね。
