奇抜な発想とアクロバチックな展開,驚きとともに感動さえ与える究極のラスト…。
と,これはほめ過ぎかもしれませんが,それに近い評価に値する作品であります。
さらに,SFの名作にふさわしく,いわゆる“バカSF”としても十分な資格を有していると思います。
主人公は,当代随一の本体論学者(オントロジスト)なる人物。
本体論にかかわる実験を禁止した法令に真っ向から違反する学者が現れ,この世界の拠って立つものが,粉々に砕け散ってしまう危機にさらされる事態に,「局」の監督官として立ち向かうのであるが…。
本体論でいう「現実」とは何ぞや?
主人公は主張します。
宇宙は人間の所産なのです。私の信ずるところでは,人間は恐ろしく単純な世界―現在の宇宙の根源であり,真のヌーメノンである世界で存在をはじめました。そして何十世紀にもわたり,ただ想像力のみを頼りに,みずからの小さな世界を拡張し,現在の広大で理解を絶するほど複雑なものにしてきました。したがって,みなさんの大部分が“現実”世界と呼ぶものは,われわれの祖先が思考することをはじめて以来,絶えず変化してきたのだと信じます」
何やわからん話ですが,確かに,われわれが現実のものと感じているものは,眼,耳,鼻,舌等の感覚器を通して,脳が知覚しているものであり,それが,本当の真の姿かどうかはわからない。
その意味では,もしかしたら,この世界の現実は,われわれの想像力が精緻に練り上げた仮想の世界であるのかもしれない。ちょっと,「マトリックス」のような世界ですね。
ニュートンを経て,アインシュタインの提唱した世界にそれなりに安住している人類にとって,ルース教授が行おうとしている実験は,それを全く覆すというかバラバラにしてしまうものです。
ここらへん,物理のわかる人には,ニヤニヤするところなんでしょうね。
アインシュタインの理論によれば,物質=エネルギー粒子ひとつひとつが重力ポテンシャル,すなわちラムダを持っており,この四次元連続体の構造をかろうじて支えているのは,そのラムダの総計だと計算できる。したがって,ラムダ一個をとりされば―なんてこった!宇宙はぱっくりと裂けてしまうぞ!
ルース教授が,“光子”を破壊する実験装置も,私ら物理音痴からみても,極めて胡散臭いものだが,どんなものなんでしょうか。
物語のラストは,宇宙的広がりというか,始原的というか。
「神」とは人間だったのか,いや,人間の想像力のことをいうのかな。
途中にちりばめられる科学史的な部分が大変面白い。
確かに,πの値なども,なんで,あの数学好きのバビロニア人が,おおざっぱに3を採用したのだろう。
今の小学校じゃあるまいし。
化石の話だって,キリスト教の一派が主張していることとよく似てますよねえ。
1950年12月の作品だそうだが,決して古びていない。
最初はとっつきにくかったが,何回も読み直すお気に入りの作品となりました。
河出文庫「20世紀SF 1940年代」に収録。
