「いいえ、かれらはきっと何かしているんです。」
わたしはバロシディニアを見つめた。
「連中が人類を南極に隔離し、その他の動物と平和共存しているってことは、きっと何か目的があるんです。連中は何かしているに違いないんです。」
バロシディニアは微笑を浮かべてわたしを見た。
「それこそまさに、われわれが志願者を募った理由なんだよ。」
突如出現した「アイボ肉球菌」通称"アイボウィルス”は、生物の体を食い尽くす恐るべきもので、あっという間に全世界を席巻します。唯一の弱点は寒さに弱いことで、最後の人類34万人は南極に追い込まれ、なんとか細々と暮らしています。一方で、アイボウィルスは、無差別的な攻撃が一段落すると、人間以外の生物への攻撃はストップし、ターゲットは人間のみとなり、南極を除く世界は、それなりに何事もなかったかのような様相です。
アイボウィルスを研究するバロシディニア博士は、この細菌が、脳細胞と酷似し、細長い突起を通じて互いに繋がりあい、情報を交換しており、巨大なコロニーをそこかしこに築いているらしいことをつきとめています。「志願者」のわたしは、警護の兵士ともに、ウィルスの発祥地であると目される、カリフォルニアの生化学兵器の秘密研究所跡地へと踏み入ります。
コロナウィルスとの共存を探っているところに、核兵器の使用も辞さないという人類の愚かさが浮き彫りにされる事態も現実として発生している中で、なかなか考えさせられるところのある短編です。
細菌は、人類を、地球における共存相手としては選びませんでした。データを蓄積し、「学習」することによる結論は、地球には人類はいらないということになったのでしょう。
ここで、作者は、面白いビジョンを提示します。細菌の複雑で膨大な繋がりは、有機的な「電脳空間」を生み出し、これまでに「消化」した人類の精神を保存しており、人々は、そこで、肉体から解放されて「生きて」、かえって幸せを感じている人も多い。イーガンの世界のような、あたらしい人類のあり方の選択肢の一つともいえます。
しかし、それをよしとはせず、地球外への新たな旅立ちへと進む人たちもいます。
「志願者」である私は、「地球を離れるように」とのメッセージを南極の人々に届けます。
かなりのアイディアが詰め込まれた作品ですが、その「アイディア」自体に溺れるようなこともなく、情感、あえて言えば、詩情も帯びた、読み応えのある作品だと思います。
読んでいるうちに、様々な名作のイメージが思い起こされました。「エイン博士の最後の飛行~ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア①」、「巣~ブルース・スターリング②」、クラークの「都市と星」。
主人公が、「電脳空間」にとどまることを選択せず、バロシディニアに、体験したことを伝えるべく、生命体に宿りながら、南極に向かうところが、「泣ける」ところです。このへんの手仕舞い方も、うまいなあと。お勧めの作品です。
「SFマガジン」2008年9月号【中国SF特集】に掲載。
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