「みんな<死者>なんだ、と彼女は思った。みんな彼岸へわたろうとしているのよ。そう思うと、平和でくつろいだ気分になった。彼女の親しい人はみんな<死者>だった。背後の街では、茶色い煙がもくもくと立ちのぼっていた。
上空では、鳥たちがあいかわらず気流に乗って輪を描き、空はあいかわらず微妙に形を変え、光を散らして、それを通して巨大な影を落としている。空では、昼間の星のように、ちっぽけな白い光が動いていた。
天空のどこかに、<大国人>が機械のひとつを据えていたのだ。空の高みには、冷たい金属と安全がある。<大国人>は、蜘蛛の巣のような網を星々にかけわたしてすべるという。そんなそばまで天に迫ろうというのだ。
すべりなさい、と三女は<大国人>に告げた。すべって、立ち去りなさい、世界を私たちのもとに返して。」
大国の思惑に翻弄され、内乱の悲劇に見舞われる国における、ある夫婦(結婚前に夫が亡くなってしまうのですが・・・)のスピリチュアルな絆をベースに、希望を打ち砕かれ、虐げられ、苦しみを背負いつつも生きていく人民の群像を幻想的に描く作品です。私は、「鎮魂」と「救い」のイメージを持って読みました。
ジェフ・ライマンということで、ストーリーの下敷きにあるのは、あの忌わしき、クメール・ルージュが跋扈したカンボジア内戦です。
作中、<大国>は、アメリカ、中国、<隣国>はベトナムと読め、それぞれ、自国の利益のためにカンボジアに干渉し、内政の混乱を招き、甚大な損害を与えた挙句、ポルポト派の極端な思想による都会人、知識人の恐怖の粛清により、国民を分断し、深い傷跡を残した歴史を思い起こさずにはいられません。
こんな恐るべき大虐殺が、つい50年前の1970年代に現実に行われた「事実」があり、その悲惨さや狂気を、フィクションで上回るというのは、そもそも困難であるうえに、理解を得られないことにもなるでしょう。
この作品は、もちろん、理不尽で酷い場面を描いていますが、それに最重点を置くというのではなく、苦難の時期にあっても、その土地とこれまでの時間によって育まれてきた「人民」の精神が潰えることはないことを謳い、それが、「征たれざる」と表現されているのだろうと思います。
「史実」に近い、地獄のような動乱をなぞりながら、<生者>と<死者>が同時に登場し、土俗的、呪術的なトーンと、SFのガジェットが奇妙に同居しているという、なかなか、難易度の高い構成となっておりますが、高いイメージ喚起力で、それらが混然一体となりながらまとめあげられ、濃密に、ボリューム豊かに描かれています。
正直、暗喩めいた詩的、感覚的な表現など、意味を捉えることが難しい部分(特に後半)も多く、エンタメ的に楽しめるという作品ではありません。
この肌合いがフィットする人とそうでない人とは、結構分かれそうな気がします。作品自体が読者を選ぶといった方がよいかもしれません。
優れた作品は、普遍性を持つと言います。
今なお、世界で、大国や他国の動きに左右されて、国が進攻され、民が迫害されながら、救済されない事態は止むことはありません。
民は滅びないというスピリチュアルな希望は、国民のアイデンティティにも関わるものであり、それを侵す事態が現実に発生する限り、この物語への新たな共感を生むであろうし、また、この作品の訴求力は長らえるものと思います。
〇ジェフ・ライマンの他の短編
ポル・ポトの美しい娘(ファンタジイ)~ジェフ・ライマン①
