死者の国へ~ウィリアム・テン④

 人類は、太陽系を手中にしようという昆虫型宇宙人との闘いを続けており、木星から土星にかけての防衛線で、熾烈な攻防を繰り広げています。総力戦、消耗戦のなかで勝利をつかむために、人員の確保は必須となっており、「繁殖法」が制定され、「産めよ増やせよ」政策が強力に推進されていますが、なお人員は不足しています。

 そこで、兵士供給の方法として、戦死者を材料とする「再生人間」の製造が、国家プロジェクトとして進められ、格段に技術がレベルアップした今、彼らは重要な戦力として前線に配置されています。

 主人公は、最前線で砲撃を担当する小型艇の指揮官であり、歴戦のつわものですが、今回の出航の乗組員が、彼にとって初めて、「再生」された者たちとなります。

 彼らは、「質」の担保と、生産の効率化の観点から、戦死したかつての英雄たちを「再生」しています。主人公は、不安を感じつつ、オールドシカゴにある「再生工場」へとやってきます。

 そこで、4人のメンバーと対面するのですが、チームとして一丸となろうとのフランクな呼び掛けに、4人は反感、憎悪をあらわにし、その姿に主人公はたじろいでしまいます。

 

 ウィリアム・テンの1954年の作品で、代表作の一つとされているものです。

 戦時体制において、倫理も人権もどこかに後退し、死者の尊厳もどこへやら、再利用して、再生人間をどんどん戦地に送るということが、合理的な政策としてまかり通っている未来世界での軍の現場が舞台となります。

 「人造人間」もののSFについては、人間もどきであることのグロテスクさやコミカルさをブラックユーモア的に描いたり、アイデンティティの喪失をテーマにシリアスに描いたり、いろいろな切り口があります。

 この作品の前半は、ブラックユーモア系のお話で、とりわけ、ぼーっとして融通の利かない初期の再生人間が、戦闘の修羅場の中、平時に命じられた単純作業を我関せずに続けており、味方の方がその様子に逆上してしまうというエピソードが秀逸でしたね。

 ストーリーが進み、再生技術が格段に進んだ現在における、主人公と4人の再生人間とのやりとりが、不思議な議論の方向に行くのが、想定外で興味を惹かれました。

 彼らが、「生殖」の機能を有していないことが、最も喪失感と人間への敵意を抱かすものであるというのは、なかなか意表を突かれましたね。子孫を残すことが生命である根本的意義だとすると、4人が、その機能を「あえて」与えられていないことが、彼らに対する差別の象徴であると、いやいやそこなのかと。人造人間の生殖というのは、ちょっと怖い視点ですね。

 ところで、実は、主人公も、不慮の事故により、生殖機能を失っているのですが、そのことを打ち明けた後は、わだかまりが解け、これから軍功を挙げて彼らのアイデンティティを打ち立てようと、チームの士気が高まるという大団円になっていくのですが、こんなマッチョ系の、安い戦友ものに収束させるような作者ではないだろうと思います。

 緊急事態とはいえ、人々が政府の施策を受け入れて順応してしまっている異様な社会、兵士が使い捨てにされる戦争現場と兵士への抜きがたい差別、いろんな課題を覆い隠すように、ヒロイズムが幅を利かせる状況を皮肉っているように感じます。

 「奇想天外」1977年10月号に、酒匂真理子氏訳で掲載されました。