昨年に並んで、今年も観測史上最も暑い夏となりましたが、9月に入れば少しはしのぎやすくなるでしょうか。
晩夏の時期になると読み返したくなる作品の一つが、バリントン・J・ベイリーの本作品です。
実は、いわゆるベイリーらしさがないといってもよい作品なのですが、ひと夏の「青春」にかける若蟹人たちの、切なさと哀感の漂う異色作です。
舞台となる惑星に住む蟹人たちのカップリングは、極めて厳しく、繁殖期の一夏に、首尾よく相手を見つけて、子孫を残せるようになるのは、町でも数組だけという、熾烈な競争となっています。
主人公がつるむグループは、大物で勇敢なる「レッド・シェル」、「ソフト・ナット」、「クイック・クロー」、そして、足が不自由で前にしか進めない「ギンピー」、ちっぽけでやかましい「タイニー」という面々です。
考えることと言えば、雌のことばかり。酔って、騒いでは、雌にちょっかいを出そうとしますが、そうそううまくはいきません。
ただ、グループのリーダー格の「レッドシェル」は、この夏、ひときわの進歩を見せます。とびきり美形の雌と出会って、複雑な求愛ダンスの段階をクリアしていくのですが…。
大森望氏が「蟹版・アメリカン・グラフィティ」と解説しておられましたが、まさに言いえて妙ですね。
ベイリーのアクロバチックでへんてこりんな話を愛する人は多く、私もその一人ではありますが、本当にベイリー?と思うこの作品が、不思議と好きになってしまいましたね
見事にカップルとなり、山のように生まれた子供たちとともに、町のパレードの主役となるレッド・シェル夫妻に、沿道から「あれが俺たちのダチの「レッド・シェル」だぜ!」と叫んで喝采するグループのメンバーたち。
仲間を誇る興奮の一方で、自分には成し遂げられないことがわかっている、何ともいえない哀しさがぐっと迫ってきますね。
主人公も、一度だけ、雌への求愛がうまくいきそうなことがあって、誰にも言わないけれど、心の慰めとなっています。
繁殖に関われなかった蟹人たちは、老衰の道をたどりますが、主人公もけだるく浜辺の砂に沈んで、太陽が沈むのを見つめる「老いぼれ蟹」の一人になろうとしています。
ベイリー(1937~2008)後年の作品(<インターゾーン>1996年1月号)であり、作家としては今一つ不遇であったベイリーを思うと、レッドシェル以外の登場人物に作者自身が投影されているように感じます。
私も年を取ったので、黄昏を迎えつつある蟹人たちに、より親近感と愛着を覚えてしまうのでしょう。
