故郷へ歩いた男~ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア⑥

 アイダホ州ボネヴィル粒子加速研究所での事故により,地球規模の大災厄が発生した後,事故現場のまっ平らなクレーターのような跡地に不思議な現象が見られるようになります。

 年に一度,決まった時間に,轟音とともに,一瞬だけの間,男が忽然と出現します。何かを叫んでいる様子で,すがるかのように這い進む姿。
 
 時間旅行をなしとげた最初にして唯一の人デルガーノ少佐は,未来へと送り出されたが,不幸にも何らかの事故により,はるか彼方の未来へと送り込まれてしまいます。

 その未知の時点から,少佐は,帰還を試みているというわけです。

 毎年短時間この地に見られる現象は,彼の軌道が地球の公転軌道と交わることによって起こり,そのとき彼にとって地表はたしかなものとなる。

 数世紀が経過し,ハード・サイエンスが忌避されながらも,それなりの復興を遂げつつある世界で,その男デルガーノ少佐は,観光の対象となり,あるいは,宗教的啓示の存在ともなっています。


 何とも奇抜で,究極の設定ですね。

 科学の粋を集めたような最先端の技術によって引き起こされる絶望的事態の中で,“歩き”という,テクノロジーの対極にある原初的な手段で戻ってこようとする,この大いなるギャップはどうでしょう。

 徒労とまではいわないまでも,永い歳月をひたすら“故郷”に向かって歩く…千里の道も一歩からとは言いますが,実に気の遠くなるようなお話です。

 デルガーノ少佐の叫びは,妻の名前だとは,泣かせます。

 戻りたいのに戻れない,もどかしさと虚しさを自覚しつつも,“故郷”を目指す姿には,手の届かない,かけがえのない世界へのあこがれ,切望を感じます。

 また,デルガーノ少佐からの視点も面白い。

 彼にとっては,わずか1/2秒しか地表に実在できないため,1/2秒ごとに,1年が経過する,えげつない早送り映像を見ているような,眩暈のしそうな光景が明滅するのでしょう。

 途方もない設定と,高度な技巧,強烈な感傷とが,がっぷりと組み合って,バランスを保っている…非常に高密度な傑作だと思います。