ヒューストン、ヒューストン、聞こえるか?~ジェイムス・ティプトリー・ジュニア⑧

「ぼくは男だ。そうだ、怒ってる。ぼくには権利がある。きみたちにこのすべてを与えたのは、ぼくらなんだ。ぼくらが創りだしたのだ。かけがえのないきみらの文明を建設し、知識と慰めと薬と、そして夢を与えた。何もかもを。きみらを保護し、家族にすこしでも楽をさせようと骨身を削ってきた。辛い仕事だ。闘いだ、どこまでも続く血まみれの闘いだったのだ。ぼくらはタフさ。そうでなければならなかったんだ、わからないか?それをわかろうとする気はないのか?

 太陽フレアに巻き込まれてしまった「サンバード号」。

 太陽系を漂流しつつあった彼らに、地球からの救助が何とか間に合うものの、「サンバード号」は、時間の歪みに入り込み、3名の乗組員は、300年先の世界へと送り込まれてしまいました。

 彼らが地球を出発してから、軍事研究所から漏れたウィルスの蔓延により、全「男性」のY染色体が損傷を受け、もはや男性が生まれることがなくなっていたのです。

 人口は200万人、すべて女性。さらに、原型となるのは1万人で、それぞれに200人のクローンという、なかなかに想像しがたい世界となっています。

 救助された男たちは、1人は、ハーレムを妄想し、性的な支配欲望をむき出しにするマッチョな野郎のバド、1人は、家父長的な男性優位の権威主義と組織支配欲に駆られ、さらにはそれが、神から与えられた役目だと信じる女性蔑視のボス、デイヴ、そしてもう一人は、「男性」的な肉体・精神が薄めなため、この二人に劣等感を抱くやや優柔不断な優男系のロリマーと、わかりやすくカテゴライズされています。

 バドとデイヴ二人の壊れっぷりは、戯画化されておりまして、これはこれで面白い。この時代、こんなバカなことはしないよと笑う男性も、さて、「本音」の部分でそう言い切れるのでしょうか。

 冒頭の言葉は、二人が醜態をさらしたあげく、「鎮圧」されてしまった後に、ロリマーが絞りだすように発したものです。

 馬鹿な行動には出ないものの、ロリマーも根っこの部分では二人と一緒。「男性」は、女性とは相容れないというか、不要の、危険な存在となり果てています。

 この作品は1976年の発表。

 とりわけ家父長的権威への嫌悪など、ステレオタイプとあげつらわれても仕方がないところもありますが、当時のフェミニズムの時代的な色合いもあるのでしょう。

 それはそれとして、「ジェンダー不平等」を指弾することが目的の作品だったのでしょうか。

 今、読み返すと、本質的、宿命的な男性と女性との違いを「グロテスク」に提示する、設定と語りの巧みさを楽しめる作品という紹介の方がよさげな気がします。