「で、このひとの目的というのは?」
ドアに向かいながら、皺だらけの男は軽い笑い声をあげた。必ずしも愉快そうではない、かといって、必ずしも非情とは言えぬ笑い声だった。
「わかりきってるじゃないですか、そのポット二つを護ることですよ。おやすみ、ご両人」
ハプスヴィルなる町に住む、アーサー、メイベルの若夫婦。とある日に、皺だらけの面長の男が現れ、スープと軽食のお礼に、彼の商売品であるという、「無形物」intangibleを提供しようと言う。
ただし、それは、意志力をもってコントロールできるなら、人生の目的を達成することができるであろう。ただ、残念なことに、誰もがそんなことはできないのだと彼は言う。こう言われ、意固地になってしまったアーサーは、卓上の陶磁器の「塩入れ」と「胡椒入れ」を、そのままの位置で死ぬまで動かすことはないと、そんな馬鹿馬鹿しい賭けに乗って、「無形物」を背負っていくことになるのである。
皺だらけの男は、間欠的に、夫婦のところを訪れる。
夫婦には、子どもが生まれ、アーサーは工場オーナーになるも、その後は、一族ともぱっとせず、アーサーは、「無形物」にとらわれ、この家からも抜け出せない。
男が訪れるたびに、指一本触れちゃあいないと、意志の力を誇るアーサーである。
何とも笑うに笑えない、寓話のような、居心地の悪い作品です。
固定観念にとらわれ、雁字搦めになっている、これはもう、社会に生きている限り、会社、家庭ですら、あることだと思いますし、そんなことはないだろうと思っている人も、これを読むと、なんか不安を感じてしまう気がします。(そういう人は、そもそも、こんな作品など読まないでしょうがね。)
メイベルはメイベルで、このポットに関わる、別の「無形物」を持っていたことが、物語のオチともなっています。
アーサーが聞いたら、ひっくり返るようなことですが、彼は死ぬまでそんなことを夢にも思わなかったし、メイベルも何も言わなかった。
解釈が難しいなあ。メイベルはこのことで、何か目的を達することができたのかな。
アーサーが功成り遂げて、わしが成功したのは、このポットのおかげだと言って一生を終えたのなら、オチとしてはきれいなのだが、オールディスがそんな調和的な結末にもっていくはずもない。
私には、メイベルの作為的なことというよりも、夫婦においても存在する、夫と、嫁さんという女性との、違いというものを感じました。
男が阿呆というより、女性の方が、より現実を見ているのではないかと。必ずしも、打算ということでもなく。
