「統制モジュールをハッキングしたことで、大量殺人ボットになる可能性もありました。しかし直後に、弊社の衛星から流れる娯楽チャンネルの全フィードにアクセスできることに気づきました。以来、三万五千時間あまりが経過しましたが、殺人は犯さず、かわりに映画や連続ドラマや本や演劇や音楽に、たぶん三万五千時間近く耽溺してきました。冷徹な殺人機械のはずなのに、弊機はひどい欠陥品です。」
この出だしの一段落は、「主人公」である警備ユニットが、どのように生まれたのか、どんな風変わりな嗜好を持っているかを簡潔に示してくれます。
とある惑星の本格開発に当たって、事前調査として派遣された調査隊。
探査に要する宇宙船から居住基地まで一式を請け負う企業との契約上、用心棒としての警備ユニットが同行しています。
この調査隊は、その調査を妨害するかのような様々な危難を切り抜け、さらには、音信不通となった他の調査隊の二の舞にならないよう、人間と主人公とが協力しながらなんとか脱出するというストーリー展開となっています。
まずもって、魅力あるキャラクター設定であることが第一でしょう。
この警備ユニットは、企業のコントロール下にあると装いながら、実は密かに独立しており、また、娯楽チャンネルを視聴することで、このような切り口から、「人間性」というものについて、知らず知らず学習しています。
もちろん、情報処理能力、戦闘能力は極めて高く、死を恐れず、敵を倒せる「無機質」な強みも有しているのですが、自らを変な存在と自覚し、自己肯定感の低いキャラとしていることとのギャップが、大変心をとらえるものになっています。でも、結構、「独立心」旺盛で、他人に自分のあり方を決められることを潔しとしない、そんな精神の持ち主であることも、心くすぐられるところです。
日本人は、「はやぶさ」でも然り、機械に名前を付けたり、擬人的な思い入れをしやすいところがあり、本作の主人公への感情移入はしやすいのではないかと思います。
そして、翻訳の妙でしょう。
日本翻訳大賞を受賞しましたが、「弊機」という語句とともに、どことなく「おとぼけ調」のにじむ、ですます調は、作品のトーンにかなりの影響をあたえているのではないかと思います。中原氏の翻訳の「主張」を感じます。
他の調査隊の居住基地を巡る一連の攻防は読みごたえがあり、ホラー味を帯びた、スリルとサスペンスも楽しめる、読みだしたら止まらない面白さがあります。
エンタメとしては、文句ないところだけれど、欲を言えば、ちょっと「通俗」であることが物足りないかなあ。
辛気臭くとも哲学的なアプローチや、目くるめく新たなビジョンの提示を求めるわけではないけれど、カバーイラストの印象のように、「ライト」に、わかりやすく器用にまとめられていると、それもどうかなあと思ってしまうのは、ひねた作品を多く読んできた悪癖かもしれません。
