感染症の蔓延と、「生」ではなくても、ステージを手軽に楽しめるホログラムが音楽産業の主要なコンテンツとして「蔓延」したおかげで、ライブがすっかり廃れてしまった時代に逆らって、わずかに残るファンを相手のギグにこだわって、町から町へと、どさ回りの日々を送るバンドの物語です。
主人公は、バンドのリーダーである、中年過ぎの女性ロッカー、ルース。ベースのシルヴァ、ドラマーのジャッキーと、「カシス・ファイア」という名のバンドを組み、楽器とアンプ、手売り用のTシャツ、LPやグッズ類、そして車上生活用の一切合切を、15人乗りの大型バンに積み込んで、次の目的地へと、ハイウェイをひた走ります。
サラ・ピンスカーの短編集「いずれすべては海の中に」の一篇です。
ケリー・リンクのような、現実が不思議に歪み、答えが曖昧で、違和感、不安に誘う作品が多い中で、この作品は、少し毛色が異なります。
リアルな肉体感覚が前面に押し出された物語世界が力強く構成され、音楽、旅、車という、筆者のアイデンティティを形成するのであろうものへの愛着が、熱量豊かに伝わってきます。
収入が不安定で、毎日の食事やシャワーにすら事欠く放浪生活。
油のべとつき、饐えた臭いが鼻先へと漂ってきそうな描写が続き、読む方も、体がべとつき、胸焼けしそうです。
彼らの家というべき大型バンは、今時、自動運転ではなく、ハイウェイでは禁じられているマニュアル・カー。「廃食用油」を燃料にし、ファーストフード店の春巻のような安っぽく香ばしい匂いが車内に充満します。
この愛すべきバンを、彼らはデイジーと名付けています。
ルースたちが、こんな生活を続けるのは、音楽を愛するのはもちろんですが、ライブを消し去ろうとする圧力、誘惑に屈服するものかという気概と、彼らのような存在を支持し、迎えてくれるコアなファンも、まだ残っているからです。
クライマックスは、オハイオ州コロンバスでの倉庫街でのライブ。
彼らは、オーディエンスと一体となった、躍動感あふれる、この瞬間にしか味わえない「オリジナル」のステージを披露します。
メインチューンは、デイジーに捧げる"OUR LADY OF THE OPEN ROAD"。
ルースは、若手の売り出しの頃には、ジョーン・ジェットの再来と称されたようです。
そうか、ジョーン・ジェットか。
私は、ロックファンというわけではないけれど、「全米トップ40」を聴くのを楽しみにしていた頃、1982年に、彼女が、あの火の出るようなナンバー、"I Love Rock 'n Roll" を引っ提げて、全米チャートを独走していたのが、もう40年以上も前なのですね。
物語の出だしに、廃食用油を分けてもらいに立ち寄る中華レストランの名前が、"China Grove"
また、旅の途中に入った酒場では、ブルース・スプリングスティーンのホログラムも登場します。
こういう名前を出してもらうと、ルイス・シャイナーの「グリンプス」を読んでいるときのように、当時を思ってノスタルジックな気持ちになります。
さて、盛り上がったライブの高揚感も束の間、好事魔多しということで、その翌日、バンドの存続が危ぶまれるような事態になってしまいます。
ステージ・ホロとの契約を結べば苦しい状況から脱け出せるかもしれない、彼らの音楽の価値をわかったうえで、ライブに来たくても来れない人にも伝えたいというエージェントの言葉が頭をよぎります。
ルースは、どういう選択をするのでしょうか。
だいぶくたびれながらも、反骨を貫くロッカー、ルースのスピリットに思わず応援したくなります。意外なほど直球過ぎて、少し照れてしまうところもありますが、わかりやすく、素直に楽しめる作品だと思います。
私は、長編はあまり読まないのですが、この作品の前日談にあたる「新しい時代への歌」も、同じく、竹書房文庫から出ています。
