「文化工芸省」に勤める主人公・董健(トン・チェン)は、出世街道を走る、野心のある若手官僚ですが、出勤途上のある朝に、奇妙な薬売りから、怪しげな漢方薬を売りつけられます。
董が帰宅してこの薬を服用すると、TVに映る、全人民の敬愛を受ける「主席」の姿が何やら得体のしれないものに見えます。
「幻覚剤」を盛られたと思った董は、すぐに警察に連絡しますが、分析の結果、逆にこの薬が「幻覚抑制剤」であったことを知らされます。
そして、地下活動を行うレジスタンスグループのメンバーである女性タニアが、「主席」の正体をつかもうと董に接近してきます。
グループのバックアップもあり、董は「主席」のパーティーに首尾よく参加することができ、「幻覚抑制剤」を服用して、「主席」の真の姿を見ることになるのですが…。
ディック後期の作品で、エリスン編の「危険なビジョン」に寄せられた作品です。
「主席」を権力の頂点として、人民を監視、統制する体制が整えられ、プライベートの空間であっても宣伝教育が実施されているという、陰鬱な世界が描かれます。
ましてや、「主席」は、水道を通じて、あまねく行き渡る幻覚剤のおかげで、「人間」であるかのように見えているだけという、ジョン・カーペンター監督の「ゼイ・リブ」のようなグロテスクな状況に人々は甘んじています。
ディックらしく、乾いた笑いがまぶされるので、そこまで重苦しくない読み心地ではありますが、不安感と無力感がのしかかってくるような、ただならぬ迫力があります。
この手のお話では、「恐るべき怪物」の正体を見せてしまうと、どんなに工夫して造形されていても、ラブクラフトの怪物ではありませんが、興ざめしてしまいがちです。
その点、ディックも心得ているのでしょう、「主席」の姿かたちで勝負しているわけではありません。「主席」という、とことんまでに自己中心的な支配者の考え方や行動にポイントが置かれ、その忌まわしさがひしひしと伝わってきます。
「卑俗的」に読むと、現実の人間世界においても、大なり小なりこのような支配者が現れて、「統治機構」が出来上がり、そんな支配者に皆がおとなしく従ってしまうことが起こっており、これからも起こりうるという風刺的な意味合いにとらえてしまうのですが、「神」ともいうべき絶対者への不信というテーマがありそうです。後期の「ディック神学」長編を読んだ人には、わかりやすいのかもしれませんが。
「主席」に会い、絶望に落とされた董ですが、帰宅後、タニアと肌を合わせ、安らぎを得ることで、わずかに希望を残すラストとなっています。
どんな支配者であっても介入できない、生物の持つ生存の根源的な力や互いに求め合う本能に信頼を置いているのでしょうか。
異様な世界観が好きで、何度となく読み返しています。正直、作者が言わんとすることを理解していないのだろうなと思うけれど、面白いという不思議な作品です。タイトルも意味ありげですしね。
