カロリーマン~パオロ・バチガルピ①

「考えてみるがいい。ケチんぼの亭主が女房を寝取られたことに気づかないまま、世界中にその実を配る。ところがその実は、受粉したい、健康な子をつくりたいとうずうずしているわけだ。その子孫も同じ花粉を宿し、それがさらにカロリー会社の収益源を汚染する。」
 
 世界の覇権を握るのは、遺伝子組み換えされた穀物の種子の権利を独占するバイオ企業。
 産出される農産物は、食料だけでなく、枯渇した化石燃料の代わりの主要なエネルギー源となり、バイオ企業は、この絶大な力を揮える地位を維持するため、違法栽培や闇取引を厳しく監視する警察組織を世界中に張り巡らせているのであったが、何よりも、種子の権利を守ることに神経をとがらせているのである。
 主人公のラルジは、一獲千金の話を持ち掛けられ、ミシシッピ川の上流に隠れ住むという「遺伝子学者」を連れてくるという賭けに出ます。
 
 この物語の舞台は、ニューオーリンズミシシッピ川周辺なんですよね。でも、醸し出す雰囲気は、東南アジアそのものです。手軽な動力源となっているのが、「ゼンマイ」!
 ゼンマイにエネルギーを蓄積するため、ゾウを遺伝子改造されたメガドントなる大型獣が、巻き上げスピンドルをゆっくりと回している。
 なんか、田舎の小屋で、牛が大きな木の歯車を回し、水をくみ上げたり、粉を挽いている風景と重なりますよね。
 でも、物語には、こんな牧歌的なところはありません。非情な水上警察がラルジの船に乗り込み、ゼンマイ銃による銃撃戦が始まります。
 「地獄の黙示録」で、アメリカ軍兵士が、ベトコンと間違えて、船客にマシンガンを掃射する衝撃のシーンを思い起こさせました。
 
 「遺伝子学者」が細々と伝えていた「原種」の作物たち。
 昔の味を知る年代であるラルジは、差し出されたトマトをがつがつと食べますが、相棒のクレオは、遺伝子組み換えの作物の方が良いと言います。
 うーん、よくあることかもしれません。何事も、時が経つと、現状に慣らされてしまう。だけど、食べ物の、多様さ、おいしさ、そして、安全には、やはり、こだわりたいですね。
 高収量、抗病虫害を謳うバイオ操作された農産物は世界を席巻しています。
 「令和元年における世界の遺伝子組換え(GM)農作物の栽培面積は約1億9千万ヘクタール(日本の農地面積の約43倍)で、前年から1%減少となっています。また、主要な栽培作物は4品目であり、ダイズ(48%)、トウモロコシ(32%)、ワタ(14%)及びセイヨウナタネ(5%)となっている」とのことです。(農林水産省HPより)
 世界的企業モンサント社に関する、除草剤の健康被害や、遺伝子組み換え作物に依存せざるを得なくなったインド農村の悲劇などは有名です。
 
 「遺伝子学者」が命を懸けて守ってきた種子。ゲリラ的作戦は、巨大バイオテクノロジー企業支配を揺るがすことができるのでしょうか。
 全般に、陰鬱なストーリーではありますが、希望が見えないわけではない。また、妙に「肌感覚」がリアルなのがおもしろいですね。
 社会問題として、わりと身近なものであること、登場人物も現実味を感じさせる造形になっているからかもしれません。