郷村教師~劉慈欣①

 「きみたちがわかっていないことはわかっている。でも暗記しなさい。いずれわかってくるから。ある物体に生じる加速度は、加えられた力に比例し、その物体の質量に反比例する」
 「先生、ほんとにわかったから。お願い、休んで!」
 最後の力で彼は叫んだ。
 「暗記しなさい!」
 子供たちは泣きながら暗唱しはじめた。
 「ある物体に生じる加速度は、加えられた力に比例し、その物体の質量に反比例する。・・・」


 中国の僻地、貧困と無知の中で、先の見えない暮らしを余儀なくされている村で、寄宿舎の付設された学校を、献身的に守っている教師の話から、物語は始まります。

 村人は、子供に対する教育の必要性への理解すらほとんどなく、廟の社殿の修理のために、寄宿舎の垂木を取り外すような振る舞いにさえ出る始末です。
 それでも、この先生は、教育こそが未来の希望であると、懸命に子供たちを保護し、知識を授けようと奮闘しています。

 そんな先生が癌に侵され、治療費もままならないままに、余命いくばくもない状態となってしまいます。心細げに、先生のことを心配する子供たちに、先生は、最後の力を振り絞って、ニュートンの運動法則を暗記するように命じます。

 まるで、魯迅の作品に出てきそうな村の救いのない生活には、なんとも、いたたまれない気持ちとなりますが、私たちだって、そんな遠くない時代には、似たようなものだったと思います。

 さて、これが、SFとして、どうアクロバティックに展開していくのかが、この作品の魅力です。
 「物理法則」の暗記という、先生の最後の教えは、唐突感のあるものですが、そこを驚きの後半へとつなげていく力技は、爽快ですらあり、また、感動的でもあります。

 宇宙の先進種族による、他の星系における、生命の進化レベルの判定と選別というのは、よく取り上げられるストーリーではありますが、この物語においては、なぜそれが必要なのか、どういう方法で行うかを、壮大なスケール感で設定しています。

 そんな巨視的な動きの中で、この学校の子供たちが、期せずして、その判断サンプルになるという、ミクロの「視点」とのコントラストがいいですね。
 読後感は、少し、クラークの「太陽系最後の日」に近いものがありました。

 劉慈欣の短篇集「円」を読んで思ったことは、基本的に、人類の進歩に対する肯定、また、未来への楽観です。
 この作品が発表された当時の中国の上り調子の勢いと共通する感覚があり、それゆえ、多数の読者に受け入れられやすかったと思うのは、勝手な解釈かもしれませんが。

 作品としては、抜群に面白いです。
 ただ、苦みややるせなさ、ペシミスティックな色合いが好きな私としては、後半が、やや「きれい」すぎるところが、少しだけ物足りないなという印象を持ちました。