「宇宙飛行士ピルクス物語」~「審問」「運命の女神」~スタニスワフ・レム①

「要約: レムの小説観は非常に狭苦しくとんちんかんであり、おそらくそれはかれの社会性の欠如からきている。レムの作品に一貫するのは人間嫌いと社会の不在であり、それはかれのぶっとんだ小説のおもしろさの源泉であると同時に一つの限界でもある。
感情なき宇宙的必然の中で:スタニスワフ・レムを読む(季刊『InterCommunication』2006年夏号)山形浩生


 スタニスワフ・レムは、知能指数がえらく高く(180をたたき出したらしい!)、理屈好きで、気難しい、皮肉屋のおじさんでありながら、密度の高い知的、独創的な作品を生み出してきた、自他ともに認めるSF界における孤峰の一人であります。

 私は、「ソラリス」はもちろん、目についたレムの作品は、それなりに購入してきたのですが、面白くないことはないものの、難しそうだなと敬遠し、まともに読んだことがなかったため、私のこのブログでも、まだ紹介したことはありません。

 この間、実家の倉庫の書庫に、「宇宙飛行士ピルクス物語」の下巻を見つけ、じっくりと読んでみて、結構、面白くて、ぜひ紹介しようかなと、参考に、レム関係の書評WEBを見ていたところ、冒頭の山形浩生氏の文章を見つけ、思わず笑ってしまい、少し、レムへの畏敬の呪縛が解けて、気楽な気持ちになったところです。

 いろいろと異論はありそうですが、山形浩生氏の切れ味鋭く、本質を突く評論は、痛快ですね。私は、氏がJ.G.バラードについて述べた「コンクリート・アイランド」の解説が、大好きで、まさにバラードを語る決定版だと思っています。

 それはさておき、ハヤカワ文庫「宇宙飛行士ピルクス物語」下巻には、「事故」「ピルクスの話」「審問」「運命の女神」の4つの短編が収録されています。
 このうち、後半2編が、それぞれ100ページを超えるボリュームのあるもので、いずれも読みごたえのある作品です。

 「審問」

 完成度の高い人造人間が大量生産・供給されようとしている社会背景をもとに、人造人間がいかに優秀で、行動が安定、的確で、人間の命を守ることにもつながることを世に知らしめようと、開発会社は、宇宙航行のチームに人造人間を加えて、それを立証するテストを実施しようとします。人造人間の普及が、社会に大きな影響を与えることを懸念するユネスコは、テスト航行の船長として、ピルクスを招請します。

 上巻での記憶では、必ずしも優秀とは目されてはいなかった、若かりしピルクスが、意外に適性を発揮し、想定外の事件や事故を切り抜けていくという印象がありましたが、下巻では、練達の宇宙飛行士として、高い評価と信頼を受けるまでになっています。

 テスト航行の乗組員は、ピルクス以外には5人。この中には人造人間もいるはずですが、彼らは、見かけ上も全く区別がつきませんし、誰がそうなのかもわからないようになっています。

 一方で、ピルクスのところには、乗組員が次々と訪れ、自分は人間だ、また、人造人間だと、「告白」をしますが、それも本当のところはわかりません。

 そうこうするうちに、土星でのミッションがスタートしますが、3個ある探査機の2番目が発射できず、そのエンジンの噴射が、航行に大きな影響を与える事態となってしまいます。探査活動を継続すべきか、ピルクスは、どのような判断をし、この混成チームの指揮を執るのでしょうか。

 なかなかサスペンスフルな設定で、「審問」のタイトルのとおり、冒頭、ピルクスが船長としての職務を果たしたのかどうかを審議するための、法廷での副パイロットの審問場面から、物語は始まります。どうも、この緊急事態に、ピルクスは命令を発せず、パイロットのカルダーが暴走を始めてしまった状況がわかってきます。

 続いて、場面は変わり、ピルクスが依頼を引き受ける経緯と、事故が起こるまでの乗務員たちの入れ代わり立ち代わりの「告白」とピルクスとの会話、ピルクスの考察があり、最後に、カルダーの「計画」をなぜ阻止できたのかをピルクスが推理して終わりとなります。

 「審問」も「運命の女神」も、事件の謎解きが明確に行われ、もやもや感がありません。読み手の理解力を試されているような圧迫感を感じながら、さんざ難しいものを読まされたあげく、謎のままで終わるという、おいてきぼりはありませんのでご安心を。

 レムは、別に、人間の方が優れていると言いたかったわけでもなく、人間と「機械」の、事態に対する判断と行動の違いを突き詰めるシミュレーションをやりたかったのでしょう。典型的文系の私でもついていける、わかりやすさとまとまりのよさが、読み物としてもよくできているなと感じますね。

 「状況がきわめて複雑で、新しい要因の量が増えすぎると、わたしには手がつけられません。わたしにわかっているかぎりでは、人間は推測つまり近似的解答にたよろうとするし、ときにはそれがうまくいくこともあります。ところが、わたしにはそれができません。わたしはいつも正確かつ明快に計算しなきゃなりませんから、それがやれないとなるとわたしの負けです。」

 ストーリーのポイントとなる、自称「人造人間」であるバーンズの言葉ですが、これは「運命の女神」でもキーとなります。

 「運命の女神」

 火星の宇宙港「アガトダイモン」。ここに、初めて10万トン級の大型宇宙船が来航することとなり、たまたま、ピルクスもその現場、管制センターに居合わせます。自動操縦装置も正常に作動し、万事順調に見えたのですが、高度数キロとなった時点で、突如「アリエル」艇は、原子炉を最大出力にして緊急発進を行います。

 大混乱の中、ピルクスは、パイロットに手動に切り替えるよう伝えますが、巨体のバランスを失ってしまった「アリエル」は、あえなく墜落大破してしまうという大惨事となります。「アリエル」の後にも、2隻の大型宇宙船が来航予定のため、すぐに、事故調査委員会が招集され、ピルクスも招請されることになります。

 委員会の議論が、システム自体に問題があったとは考えられないが、引き続き検討を進めるという曖昧な方向に行きかけますが、ピルクスは、本体のプログラムではなく、あらゆる事態を想定し、対応するために大量にデータを集めるサブシステムに問題があるのではないかと疑いを強めます。

 これも興味深く読めた好短編です。

 巨大船が着陸寸前に迷走し、大事故に至る様子を、「文学的」にではなく、「物理的」に、迫力あるリアル感をもって描かれ、一気に、ストーリーに引き込まれます。

 また、事故原因が意表をついており、これが、コンピューターの世界で今もリアルな課題かどうかはわかりませんが、なるほどと思わせる説得力があり、推理小説を読むような楽しさもあります。

 ただ、ピルクスが、データ過多を引き起こす要因となった、設計時において、様々なシミュレーションをコントロールした専門家への糾弾のやり方は直接的過ぎて、ちょっと引いてしまいましたし、他のやり方もあるでしょう。後続の2隻を救うために、時間的にやむを得ないのかもしれませんが、山形氏の指摘どおり、レムの作品に感傷的なものが見られないこととの符号も感じるところではありましたね。

 博識で、賢く、いろいろと偏ったところもあるけれども、そこも魅力であるレムさん。

 「おそらく傲慢に聞こえるだろうが 私は自分には、書物に注ぎこむうる以上の発想が実質上あるような気がする」とおっしゃる、レムの残した作品を、少しづつでも読んでいきたいと思っています。