ミイラ~アンドレイ・ラザルチューク

 「なぜならば、もし得られたあらゆる知識をその創造のために消化、吸収できないのならば、共産主義は空虚なもの、空しい看板となり、共産主義者はただのほらふきになってしまうからだ。それゆえに、われわれは容赦ないのであり、だからこそ、われわれはどのような和解や妥協主義の道へも足を踏み入れることができないのだ。」

 ルーシカのクラスは、今日は授業のかわりに、「劇場」に行くということで、みんなはバスに乗り込んだところ、行先は、クレムリン。ようよう、クレムリンの城壁の中に入れてもらえると、子供たちは、お守りや護符をことごとく召し上げられ、念のためと称して、猿を肩に乗せたせむし男の探索に、ルーシカは、母親が持たせてくれた、おまじないのひもを取り上げられてしまいます。

 奇妙な番人たちの案内を受けながら、子供たちは、とある著名な人物への謁見を許されます。それは、防腐処理による保存から蘇った「レーニン」!

 不条理な可笑しさはあるのですが、笑いが強張ってしまいそうな、不気味さ漂う、なんとも異様で、ただならぬ雰囲気を持つ作品です。

 著者のラザルチュークは、ペレストロイカ後の90年代の新しいロシアSFにおいて台頭した、幻想文学の系譜を受け継ぎながら、暗喩的に現実を浮き彫りにするという「ターボリアリズム」という潮流を代表する作家のひとりです。

 こんな受け売りの紹介はともかく、この不思議な作品をぜひお読みいただきたいと思います。

 そして、今、世界を揺るがす、ロシア。主であるプーチン大統領の「クレムリン」の異様な状況を思い起させるような、絶対的だが何か空虚な権威と、グロテスクな服従、虚偽の情報。不謹慎ではあるが、黒いユーモアを帯びていると言えなくもない中で、それが、ウクライナでの惨状を引き起こし、核戦争への危機をも招きかねないという、恐るべき現実に世界が恐怖する、そんなことが、まさに現実に起こっていることが本当に信じられません。

 「それはこの指導者を陰謀から守るためにこそ造られたのだ。<大砲の王様>は普通の弾を撃ったりはしない。そのために造られたのではない。だが、もし誰かイリイチに対して何か悪いことを考える者がいたとしたら、<大砲の神様>はその悪党を魔法の炎で焼き尽くしてしまうのだ…。」

 ルーシカは、体調を崩しながらも、何とか回復しますが、どこかに転校してしまったクラスメートもいます。声を潜めながら、災厄をやり過ごす人々。

 ロシアの民衆も言うに言われず、あるいは、「公式情報」を信じ、あきらめの日を過ごすか、「理不尽な」ふるまいの外の世界を憎むか、それはまた、それで不幸としかいいようがありません。

 「SFマガジン」1998年8月号特集:「ロシアSFの現在」に掲載。

 

(追記)
 ロシアの「特殊軍事作戦」に対して、欧米の反ロシアヒステリーを指弾し、ウクライナナチス支配を許さないという、政府の方針に賛同する文学者の署名に、ラザルチュークが名を連ねているということだ。(russkaia fantastikaさんの4/9のツイッターより。)
 「ミイラ」を読む限り、ソヴィエト体制下での息苦しさへの抵抗を表現していたとばかり思っていたのだが、この侵攻を正当化する姿は、きわめてグロテスクであり、
文学的想像力とはいったい何なのだろうと少々ショックを覚えた次第です。いつの戦争においても、文学者や哲学者がこのような立場をとったことは何度もあったことですけれどね。