高い評価を受けている作家でありながら、いくつかの作品がSFマガジン等に掲載されたきりで、だんだんと忘れられていくのも「もったいないなあ」ということで、このブログでも、作品の紹介を行ってきた作家の一人が、オクテイヴィア・E・バトラーです。
・・・と思っていたところに、昨年、「キンドレッド」が河出文庫で突如出版され、「何で今頃」と思っていましたが(米FXでテレビシリーズ化の準備が進められ、「Parable of the Sower」も映画化されるようですね。本国での評価は高く、人気は根強いのでしょう。)、今度は短編集が出ると聞き、二度びっくりというところです。
掲載作品は、今時点では、出版元の河出書房新社のホームページにもまだ載っていませんが、表題作の「血を分けたこども」を筆頭に、「夕べと朝と夜と」、「ことばのひびき」のラインナップが軸になると思います。
とりわけ、「血を分けたこども」、「夕べと朝と夜と」の、濃密で、陰鬱な迫力は、格別のものがあるともに、主義・主張が全面に出て、邪魔をするということはなく、リーダビリティが高く、かつ、読み応えがあり、私のお気に入りの作品です。
米国では、バトラーは、最近になり、再びメディアに取り上げられているということですが、「人種」、「性」の課題は、いまだ社会に大きく横たわり、ことある場面で、関心、コンフリクトを呼ぶものであることから、バトラーの作品は、彼女が黒人女性のSF作家という「象徴的」存在であることともあいまって、なお「現役」であり続けているのでしょう。
ともかくも、河出さんも、なかなか渋いところを攻めていますが、ターゲットはどういう層なのでしょうか。翻訳されたものの年次でいえば、80年代が主なので、割と古参のコアな層の需要は織り込むとしても、初めて作品に触れる若い層にも、訴求するだろうとチャレンジしているのでしょうか。マイナー側の多様な視点を受け入れられる素地が広がったと考えられたのかもしれませんね。
もちろん、バトラーの作品は、アイデアが陳腐化するとか、世の中の動きからずれてしまって、今更、読んでも仕方がないというような「やわ」な生命力のないものとは、違います。むしろ、コロナやウクライナ侵攻の「価値観」の変動を目の当たりにしている今のほうが、より私たちに響くのではないかと思います。
このような短編集により、購買層が広がることで、他にも、埋もれてしまいそうな作家や作品を、再発見・再評価する機会になればと思います。
