海の鎖~ガードナー・ドゾワ①

 澄み切った冷たい11月の日なた,4隻の異邦の宇宙船が舞い降りてきました。

 1隻はデラウェア渓谷に,1隻はオハイオ州に,1隻はコロラド州の人里離れた地域に,もう1隻はベネズエラ カラカス郊外の砂糖きび畑に。

 うろたえる人間たちにひきかえ,MITとベル研究所共同開発による“人工知性”―AIは,コンピューターネットワークを傘下とし,ソヴィエトのライバルとの接触を図り,第三次世界大戦を回避させたのです。

 物語は,トミーという少年の身近な日常における変化をベースに,異星人の来訪(そんな生やさしいものではないが)による,世界的混乱の描写を挿入しながら進んでいきます。

 トミーは,誰もが大人になると失ってしまう,何か“違う人”の存在を感じ取れる能力を有しているのです。
 だが,トミーにとって,周りの環境はよいものではない。
 粗暴な父親,打ちひしがれた母親,無慈悲な担任教師・・・

 トミーは,“違う人”と話をすることが何よりの楽しみなのだが,異星人の来訪により,これまでの,“違う人”と人間との,ある種の共存関係が揺らぎ,白紙に戻されるような由々しき事態が生じていることを感じます。

 宇宙船から出現した異星人たちは,完全に人間を無視します。
 AIは,辛抱強く異星人とのコンタクトの試みを続け,ついに通信に成功する。
 
 異星人は,AIの境遇に同情し,彼らと同様の計画に加わらないかと誘いをかけるのです。


 どうです,このような展開であれば,トミーのような特殊能力を有する人間だけが,新たな世界へと残れるんじゃないかと思われるでしょう。

 ところが,そんな簡単に読めるような展開じゃないんですよね。

 これまで,地球に存在していた(或る意味支配していた)異星人は,人間に好意的だった(変な生き物として興味があった)のであるが,新しい異星人は,彼らにとって全うなやり方(つまり人間の存在などどうでもよろしいということ)を進めようとします。

 AIが,人間従属から,新たな価値観に目覚め,独歩の道を選択するところなど,滅びゆく人間との心憎いばかりの対照の妙の効果を出しています。

 こんなに陰気で叙情的で救いのない作品とは思いませんでしたが,これは私のツボにはまりました。

 トミーの台詞。
 自分はほんとうは“違う人たち”の仲間なのだとは,心のうちでさえ認めたことはない。いつかは彼らの手がのびて自分をこの世界から救いあげ,満足のいく人生を歩ませてくれる,とそこまで自惚れたことはない。だが,彼がその短い人生で育んできたものは,すべて幻想であったのだ。

 なんと苦い哀しいお話なのでしょう。

 「SF宝石」1981年2月号掲載。伊藤典夫氏訳。

 国書刊行会未来の文学」シリーズの最終巻の伊藤典夫氏セレクトの短編集のタイトルナンバーです。埋もれるのが惜しい作品。めでたしです。