セドリック・エルトン博士は,精神医学の権威。
彼のもとに連れてこられた男の名はジェラルド・ボセック。
スーパーマーケットで拳銃を乱射して五人の客を殺したばかりか,逮捕されるまでに,さらに一人の警官を殺し,二人の警官を負傷させたらしい。
ところが,ジェリーはエルトン博士を見るや,くくくと笑い出します。
からかっちゃいけない。あんたはぼくの昔からの相棒のガー・キャッスルじゃないか?
ジェリーによれば,二人は宇宙船におり,この船を奪取に来た金星トカゲ人の宙賊を光線銃で焼き払ったということらしい。
ジェリーは言います。
そこらにあるものを擬人化したくなるのが,“宇宙錯乱症”の徴候だと。
そんなときのために,幻覚の特効薬の“黄色い錠剤”を常備しているのだと。
エルトン博士は,何とか彼を正気に戻そうと試みるうち,次第に,果たしてジェリーが幻覚を見ているのか,それとも…と,疑心暗鬼にとらわれていきます。
フィリップ・K・ディックの作品に出てきそうな現実崩壊と軌を一にする作品であります。
私は,この作者のことはほとんど知りませんが,この作品はそれなりに有名なものです。
そんな複雑な設定ではありませんが,エルトン博士が不安に陥っていく過程が面白いのと,一種のユーモアものでありながら,結構陰惨なラストに示されるように,笑いが強張るといった感じの居心地の悪さが,この作品の持ち味であると思います(逆に,なんかこう,どっちつかずのもどかしさを覚えるのですがねえ。いや,面白くないことはないんですよ。)。
1958年の作品ですので,仮想現実をもたらすものとしては,“宇宙錯乱症”なる精神病を持ち出し,現実に引き戻す手段として,“黄色い錠剤”なる薬剤を利用しています。
ヴァーチャル空間の設定にしては,もっちゃりした感じなのは否めません。
というか,以降の同系統の諸作品が,込み入った,技巧的な意味で,“水準”を上げてきたからそう感じるのでありましょう。
SFマガジン1975年3月号掲載。
