1947年のある日,おれの狭苦しいスタジオに入ってきた女。
カールして広がった黒髪の下からのぞく,これ以上ないというほど飢えたふたつの目。
飛び込みのモデルとして,何枚かの写真をとり,おれはお得意に試しに見せてみた。
どのお客の反応も同じ―「彼女に決まりだ」。
彼女は,名前も住所も電話番号も教えるのはお断り。
撮影はすべておれとふたりきりでという条件。
彼女の魅力に街中が虜になるまでの早かったこと,ほんとうにあっという間だった。
不思議に,死因がよくわからない殺人が数件あったな。
死んだやつのコンヴァーティブルに彼女が乗っていたのを目撃したこともある。
おれは混乱し,彼女を絶対に逃がすまいとした。
「わかってるの,何をやっているか,自分で」
「ああ」
彼女はにっこりした。
「そう,ようやく決心がついたわけね」
マーシャル・マクルーハンなるメディア論で著名な社会学者が、広告について論じた著作「機械の花嫁」で,この作品を取り上げていることで有名であります。
それはそうとして,消費者にイメージを刷り込ませる広告社会の到来を背景として,深く人の心へと浸透することで,人々を操作し,収奪する…それを,吸血鬼になぞらえて,ホラー仕立てで描いております。
「車」のCMに現れる美女もしかり,広告はエロチックなものが基本なんでしょうなあ。
性的欲望とテクノロジーとの奇妙な関連については,バラードの『クラッシュ』のように,自動車事故はエロチックであるという極端ながら妙に説得力ある作品もありますが。
怖さを期待する向きにはあまりお勧めできないが,真っ黒な飢えた目が鮮烈な,引き締まった名編であります。
ライバーお得意の魔女が,ここでは極めて現代的かつ冷酷,そして実に魅力的なんですな。
破滅の甘美を感じさせます。
惜しむらくは,訳文のラストが「ちょうだい,ねえ,ちょうだいよ」となっていること。
安物の小娘じゃあるまいし,原文はわからないが,せめて「欲しい」とか何かにしてほしいなあ。
新潮文庫 エレン・ダトロウ編「血も心も」に収録。
