―そう,わたしはあのころ,変っていました。
でもいつまでも風変わりでいるというのは,並たいていではないのですよ。
眼を閉じて,両手をできるだけ広くのばしてみる,自分ではしっかりのばして いるつもりでも,少しずつ,少しずつ,下っていくものなの。―
キャロル・エムシュウィラーは,1921年生まれで,齢85歳,SF作家暦50年のキャリアを有し,いまなお現役で,かつ,質の高い作品を発表し続けているという,驚異のおばあさん作家です。(2019年2月、97歳で逝去)
作風は,ややシュールといえばよいのか,前衛的な独特の感性があります。
この作品は,自らの異質さを隠し続けてきた母親が,娘に対して,その半生を語り,受け継がれてきた種族の特性を無理に隠すだけではなく,後悔のない生き方をするようにと諭す物語です。
母親は,髪を染め,鼻の整形手術を受け長い顎をけずってしまいました。
わが種族とともに生きることをあきらめて。
内なる声を抑え抑えて,平穏という虚構に迎合してきたことに対する,心の疼きと痛みがひしひしと伝わってくる作品です。
もちろん,女性の解放という問題がベースにあるのでしょうが,そこにだけ目が行ってしまうと,かえって,この普遍性を有する作品の価値を狭めてしまうような気がします。
おわりの文章が印象的で美しいですね。
―わたしは,あなたのお父さまのおそばに残って,自分自身で作りかえてしまったこの自分でいることにしましょう。
でも,あなたは,あなたの姿勢をまっすぐにするのです。
もうそんなに前かがみになってはいけませんよ。―
翻訳は,「アルジャーノンに花束を」の訳者の小尾芙佐氏。
胸苦しささえ感じさせる,訴えかけるような文体は,おそらく原文のイメージを的確に表現しているのではないでしょうか。
「SFマガジン」1990年10月号掲載。
講談社文庫「ファンタジーへの誘い」に収録。
ところで,国書刊行会が,この人の短編集の刊行を予定しているとの情報もありますが,本当に出すのでしょうか?
2007年5月に、「短編小説の快楽」シリーズの一つとして刊行されました。18年前なのに、まだ「在庫あり」というのは、さすが、国書刊行会。(2025.8.28)

