電気蟻~フィリップ・K・ディック⑦

 ミスター・ガースン・プール。トライ・プラネット電子工業社長。標的の脳波パターンに反応して,千五百キロ円内の追跡能力を持つ,無作為識別ダーツのメーカー。あなたは成功者ですな,プールさん。しかし,プールさん,あなたは人間じゃない。電気蟻です。

 商用スクウィブの事故で病院に運ばれたプールは,彼が有機ロボットであることを告げられます。

 プール自身,この事実を知らされていなかったのです。

 プールは,コンピューターに視覚走査させ,中枢神経系が受け取るすべての感覚刺激は,心臓メカニズムの真上にある“さん孔テープ”による現実供給装置から出ていることを突き止めます。

 プールは,テープの穴をふさいでみたり,“現実”に手を加える実験を始めます。究極絶対の現実を知りたい。

 もし,スキャナーの下をテープが通らなかったら,たとえ一瞬にせよ,あらゆる現実と接触することができるのではないか。どんな人間も経験することができなかった現実と…。


 おなじみ,ディックの「現実とは何か」ものであります。
 うーん,パンチ穴のあいたテープが,じわじわと進む現実供給装置!
 いいですねえ。

 プールがランダムにあけた穴により,鴨の大群が空を舞う…プールと同じ立場に立ち,同じ経験をしているように引き込まれてしまう描写が繰り広げられます。

 ところで,プールの現実の世界は,所詮テープに打ち込まれた擬似世界に過ぎないといえるのでしょうか。

 我々の言うところの現実も,数多の現実のうち,我々が感知できるもののみで構築されている,いわば自己にとっての現実に過ぎないといえないのでしょうか。

 その存在により,そのような不気味さを感じさせるプールが,テープを切断するという自殺行為的実験により,死を迎えるという事態に,周辺の人々はほっとするものを感じます。

 彼らこそ,プールの擬似的現実の中に埋め込まれた仮想現実―パンチ穴に過ぎないかもしれないとプールに皮肉られていたからです。

 シニカルなラストも印象的な,現実のゆらぎをコンパクトにまとめた好編であります。