しがない安月給のサラリーマン,ダグラス・クウェール。
彼の願いは,火星へ行くことだが,そんな金もなく,妻はそんな彼に全くの無理解。
クウェールは,やむなく,代替の方策として,“リコール株式会社”で,秘密捜査官として火星に赴いた架空の記憶を植えつけてもらおうとするのであるが…。
シュワルツェネッガー主演の「トータル・リコール」の原作なので,ご存知の方も多いでしょう。
映画は,前半は,原作の筋にある程度沿っていますが,後半からは,まったくの別物となります。
異形のミュータントたちや,巨大な酸素発生装置をめぐる陰謀など,映画がど派手に描いている部分は,原作にはありません。
(シュワルツェネッガーが内部にすっぽり納まるようなでかいおばさん着ぐるみの頭部輪切りのシーンと,お腹からわき出でるミュータントの登場シーンと,主人公とその恋人が火星の薄い大気のため目玉を飛び出させながらもがくシーンなどは印象的ですが。それと,シャロン・ストーンの魅力かな。)
原作では,クウェールを火星に送り込んだ秘密組織は,クウェールの火星での記憶を抹消するかわりに,彼こそ異星人による地球侵略を食い止めた人類の恩人だという,彼の幼児期の願望を充足させるような“偽の記憶”を移植することで,クウェールとの合意が成立しています。
ところが,こういう予定調和的な「偽」記憶を移植できない事態が発生してしまいます。
ということは,この記憶は,さては…?
というような展開で,現実がゆらぐディックお得意の状況を,偽の記憶の転写というツールを使って,テンポよく,少し滑稽に描いています。
適度な錯綜具合は,ちょうど心地よいくらい。
原作に忠実な映画化を行ったとしても、こんなアホらしい終幕をどうしたらよいのでしょう,悩むだろうねえ。
新潮文庫「構造記憶」に収録。深町眞理子氏訳。
