踊る鹿の洞窟~クリフォード・D・シマック①

 スペイン北部のガヴァルニ遺跡は,ボイドのこれまでの研究のうちでも,最も重要な洞窟絵画遺跡でした。

 発掘作業は全部済んでいたのですが,ボイドは,何かを見逃したような気がしてなりませんでした。

 そのため、彼が,最後にもう一度,洞窟へのけわしい山道をのぼると,発掘を手伝ってくれたバスク人のリュイスの奏でる笛の音がきこえてきました。

 ボイドは,この再度の訪問により,偶然にも,新たな洞窟壁画を発見するのですが,約2万年前に描かれたと推定される壁画の絵の具についていた指紋と,リュイスと酌み交わしたワインについた指紋とが一致していたのでした。

 年をとらないまま,2万年を生きてきた男。
 人類の様々な歴史を目にしつつ,決して目立たず,傍観者として身を守ってきた男。

 ただ,彼の存在に気づき,受け入れることのできた人との思い出だけが,彼が何世紀ものあいだ,生きていく支えとなってきたのでした。

 真実を知ったボイドとの触れ合いもつかのま,それも,記憶の一こまにとどめて,リュイスは立ち去っていくのです。


 永遠の旅人のような孤高の存在とそれゆえの深い孤独。
 彼は,時折,その存在を,わかる人にはわかるという方法で示してきたのでしょう。

 彼の謎かけゲームに,大抵の人は気づかないまま,彼は立ち去っていったのだと思います。
 だからこそ,気づき,理解した人との思い出が,余計に貴重なものとなるのでしょう。

 ボイドも,やがてこの世を去るでしょう。
 そのときは,また,リュイスを知る者は誰もいなくなるのです。

 叙情にあふれたいい作品です。
 各種のオールタイムベストでは,「大きな前庭」が上位に数えられますが,私は,断然この作品の方が好きですね。

 シマック76歳!のときの作品で,1980~81のヒューゴー,ネビュラ,ローカスの短編部門を制覇しています。長年の活躍とSF界への貢献に対する論功褒賞的なものがあったのかと思いますが、それを割り引いても、心に残る作品です。

 アンソロジーで取り上げられてもよいと思っているのですが、埋もれたままでスルーされているものの一つです。

 「SFマガジン」1982年8月号に掲載。