素直で平明な作品もよろしいが,少し斜に構えた衒学的な作品も,そういうものを読んでいるんだという自尊心をくすぐるところがある。
もちろん,こちらの知識レベルを問われることになり,歴史・風俗・文学に対する素養がないことを思い知らされることになるのだが。
フリッツ・ライバーは,そういう作品が多い手強い作家である。
さて,「跳躍者の時空」は,猫の登場するSFの中で(そのようなジャンル分けをしなくとも),定番中の定番たる作品である。
猫として生まれながら,人間の知性と感情を有した仔猫ガミッチ。いつか,厳かなる珈琲を用いる儀式にのっとり,本来のあるべき姿である立派な青年へと変態を遂げることを固く信じていたのである。
ひるがえって,ガミッチが実の親と思っている飼主夫妻の子供たち。赤ん坊はともかく,シシーは,姿は人間ながらも,本性は猫である。
この娘も,変態を遂げて,本来の雌猫となる日も遠くないはずだ。
だが,言葉を話さず,邪悪な性質が表に表われつつあるシシーのことで,夫妻が心を痛めていることを,ガミッチはわがことのように気の毒に思い,できる限りのことはしようと,けなげな決意を持っていたのである。
そんな,ある不吉な晩のこと,赤ん坊の見張りをしていたガミッチは,シシーが,ハットピンを手に現れ,赤ん坊を引っ掻きにかかるのを目撃する。動物的邪悪さをあらわにしたシシーに向かって,意を決したガミッチはひたすら前進し,「鏡の魔法」を使って,彼の魂をシシーの中に打ち込んだ…と同時に,シシーの心の暗黒の雲がガミッチの心を包んでしまうのである。
その瞬間,シシーが生まれて初めての声を発する。
「おかあちゃーん!」
「だっこして,ぎゅっと!」
けなげな仔猫が,このようにしてシシーの魂を救い,その代償としてガミッチは,本来人間になるべきところをなりそこねてしまったわけである。
まあ,筋だけ追いかけると,なるほどという話になってしまうかもしれない。
もって回ったような文学的物言いは,どうも好きになれないという向きもあろう。
しかし,突飛な比較かもしれないが,「我輩は猫である」と同じような、やや自意識過剰な猫のおかしさと可愛らしさに加えて,不思議な能力をもったけなげな仔猫への作者の愛情があふれているところが,この作品が愛され続けている魅力なのだと思う。
2010年、「奇想コレクション」のシリーズの一つとして刊行。「跳躍者の時空」を含めて、ガミッチ・シリーズ5話と、「骨のダイスを転がそう」と「冬の蠅」などが収録されています。残念ながら、文庫化はされませんでしたね。
創元SF文庫「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 上」と扶桑社ミステリー「魔法の猫」に収録。
「魔法の猫」の方が,改訳版。
竹書房文庫の「猫は宇宙で丸くなる」には、オミットされました。
ちなみに,夫妻の夫のほうのニックネームは「馬肉の大将」Old Horsemeat
妻のほうのニックネームは「猫こっちおいで」 Kitty-Come-Here


