サン=ベルト・エアライン128便,マイアミ発ニューヨーク行,1979年9月15日。
もう三年余り,待ち望んできたチャンス。
《救奪隊》は,時間ゲートを開き,機内に侵入し,乗員・乗客を無理やり運び出します。
この便は,機体故障による墜落により,全員死亡する運命なのであります。
彼らを,未来の暗黒の時代の犠牲者《幼弱者》とすり替え,事故現場で,何かの操作がされたことがわからないようにして救出する
―といっても,単なる人命救助ではありません。
すでに,未来の地球では,大人は遺伝子そのものに起因する腐食病にやられ,子どもの脳は「ブレイン・バグ」が食い散らかしているという始末で,人類存続の可能性のため,地球を離れ,ケンタウリⅢの開拓地に,健康な人類を送り込もうという作戦が立てられ,そこで《救奪隊》の活躍というわけです。
「時間の連続性」から,《救奪》にふさわしい「事故」は,改変の影響が最小限であるもの,すなわち,生存者なし,人為的ミスによらないものに限られてくるのです。
なかなかスリルにあふれた「ハイジャックもの」であります。
《救脱隊》のメンバーも,指が落ちているだの,耳がとれただの,半分腐りかけてきている様子が生々しい。
自分にも,地球にも全く希望のない中での,大作戦で,行動中の高揚感はあるものの,どこか「捨て鉢」な雰囲気が漂うのは否めません。
《救奪》された側も,確実に死ぬところだったのを救われたとはいうものの,未知の厳しい惑星での,一からのスタートを強いられるわけで,なまじっかのことではありません。
それでも,そんな彼らに,希望を託さざるを得ない,《救奪者》たちの“複雑”な思いが,きつめの苦味を与え,引き締まった好短編となっております。
「ぬくぬくと過ごしやがって,このやろう」といったところでしょうか。
この短編は,長編に書き延ばされるとともに,「ミレニアム」なるタイトルで映画化されたそうですね。
それはともかく,スピーディーで扇情的,テンションの高さを最後まで保っている,まさに,短編ならではの切れ味のよさを感じる作品であります。

