王者の祈り~デーモン・ナイト②

 私には,誰も手を出せない。
 私こそ,この世の王者なのだ。

 だが,私が王国を譲り受けてから,30年の長い年月がたっていた。私は,世界を分かち持つべき少年を探していた…。

 遺伝学的,環境的要因により,行動の抑制に限界の見られた彼は,15歳のときに少女を殺害してしまいます。

 彼に対する制裁は,放逐,つまり彼の存在を無視することであり,その危険を人々に知らせるため,彼の呼吸と排泄物には強烈な刺激臭を持たせられていたのです。

 一線を越えそうなときには,頭が割れそうに痛み,失神してしまいます。制御の仕組みが彼の脳に施されているから。

 こうした要因による問題行動が,医学的に解決できるようになった今,いつしか彼は,このような処遇を受ける稀な存在となってゆきました。。

 人々に忌み嫌われる王者。
 罰せられることもない孤独な王者。

 彼の言動は,秩序の中に潜む我々の奥深く暗い衝動を呼び起こすかのような苛立ちに満ちています。

「突き刺せ,振り下ろせ!そうすれば,この世の王者になれる。」
 彼の危険なメッセージには,どんな思いが込められているのでしょう。

 恐るべき衝動こそ人間の本性であり,それを理性で押さえつけることは,偽善の皮を被った欺瞞に過ぎないのでしょうか。

 さて,最近の一連の小学生に対する無慈悲な犯罪は,同じ年頃の子供をもつ私にとっても,ほんと人事ではありません。

 不審者情報の開示などの対策も検討されているが,なかなか抜本的対策もないのが実情です。

 この作品のような解決?方法も,考えられるのでしょうか。

 すべてを満たす解決は難しい。
 でも,一番守られるべきものは何なのかをはっきりさせたうえで,それに伴う犠牲と比較するしかないのではないかと思います。

 この物語の主人公の救いのなさを理解しつつも,やはり,このような処遇を否定することもできない。
 精神医学の進歩の中で,このような問題も,現実に論議される日も来るのではないでしょうか。

 「SFマガジン 1971年6月号」掲載