特命使節~ウィリアム・ゴールディング

 ご存知,ノーベル賞作家のゴールディングの作品であります。

 時はローマ帝国五賢帝の一人,ハドリアヌス帝の治世,平穏無事,退屈ともいえる安楽なある日のこと,ギリシャの奇矯な発明家パノクレスが皇帝へのお目通りを願い出ます。

 パノクレスは,「蒸気」の力と,「爆薬」の技術を編み出し,その強大な力を皇帝に献じようとします。

 皇帝は,その未知なる発明に,不安を覚えながらも,好奇心も手伝い,パノクレスに蒸気船を建造することを許可します。

 ところが,このことが,皇位承継者と定めているポストゥムス将軍の猜疑を招くこととなります。彼を退け,皇孫であるマミリウスを帝位につかせるための謀略が進められているのではなかろうかと。

 
 ノーベル賞作家だからという先入観があるのかも知れませんが,全体に,文学的香りの高い作品であります。冒頭,夕暮れの宮廷の,物憂げで,時が沈殿しているかのごとき描写など,実に味わい深い雰囲気があります。

 美貌の持ち主で,皇帝に寵愛されているマミリウスのいかにも貴公子然とした,そして憎めない世間知らずのぼんぼんさも微笑ましい。

 パノクレスの指揮の下,巨大な蒸気船(外輪船であります)が完成間近となりますが,ポストゥムス将軍の艦隊が戻り,総攻撃を加えたために,外輪が破壊された状態で,湾内を暴走し,ついには,湾内が火の海となってしまいます。

 この辺,これまでの「静」から,「動」への劇的な展開となり,皇帝の巧みな人身掌握術により,この危機を乗り切る様子が描かれます。熱風にあおられ,次々と倒れいく兵士たちを前に,何事もなかったかのように,閲兵を続ける皇帝。
 ビジュアル的で,映画の名シーンといったところでありましょう。

 危地を脱し,宮廷で,皇帝はパノクレスと語り合います。

 ところで,おまえら自然哲学者なるやからはどうだ!もちろん,大勢おるわけでもあるまいが,その少数者が,一途に独善的な研究に没頭しておる。おのれらに興味のある唯一のことを任務と心得,忠実な献身ぶりを示してはおるが,その結果,わしがこの葡萄から花をふるい落とすように,大地から生命を絶滅さすことにならぬともかぎらんのだ

 割合,直截な文章ですが,科学あるいは進歩というものに対する懐疑と不信が,パノクレスへの皇帝命令のラストへとつながっていきます。

 でも,どうせ,第二,第三のパノクレスが現れてくるんですよね。

 ハヤカワ文庫FT「ありえざる伝説」収録。