永遠なる現在~トーマス.M.ディッシュ①

 ボタンを押すと,本物と変わらぬコピーを生み出す物質再製機が発明されたら,世の中はどう変わるでしょうか。

 「物」の価値観念がすっかり変わってしまうでありましょう。
 これまでは,「物」を支配することのできる金なり,地位なりに,世の人々は,権威を感じ,それに服することに,社会一般の了解がありました。

 ところが,どんなぜいたく品でも,お金さえも,好きなだけ生み出すことができる機械(しかも原料がただ同然と来ている。何でも投入すれば,自動的に分子単位にまで分解して,所望のものに再構成することができるのだから)が世に広がれば,そんな権威に服する必要などなくなってしまいます。

 勤労,勤勉の意味も薄くなってしまう。
 禁欲などすることもないではないか。
 刹那的な快楽主義に身を委ねればよい。

 ましてや,自分自身の複製を作ることができるのなら,死さえも,絶対的なものではなくなるのです。


 主人公は,銀行の元頭取アーチョルド。かつては,地位,名誉,権威を有していた男。

 銀行の管理人のレスターは,そんなアーチョルドに従順なふりをしながら,銀行に巣食う若者たちにアーチョルドが嬲り者にされる様を楽しんでいる。

 アーチョルドが殺されても,問題はありません。死体を彼の家へと運び,物質再製機に放り込みさえすれば,翌朝,何も知らずに目覚め,昨日のように銀行へとやってくるでしょう。

 何も知らずに寝付いているらしきアーチョルドの妻は,実は身代わりの複製なのです。
 複製を後に残して,行きずりの若い男と出奔する妻。


 1964年発表のディッシュの初期作品であるが,とっても,暗鬱で,嫌味で,底意地の悪い話です。この倦怠感漂う後味の悪さが,ディッシュらしい持ち味ですね。

 それでいて,どことなくユーモアを感じさせるのも不思議です。

 こんな,陰気くさい作品など,どこがよいのかという人も多いでしょうが,なんか,そう言い捨てられないものがあるんですね。

 ディッシュの短編では,ニューウェイブ(昔のことだねえ…)の代表的作品である「リスの檻」(「20世紀SF 1960年代」に収録)や,全然毛色の異なる「いさましいちびのトースター」などが有名どころ。

 去年,国書刊行会から,「アジアの岸辺」という短編集が出たので,それなりにメジャーになったと思います,いやそうでもないか…。※2009年に「歌の翼に」も出ましたね。

 長編の名作群といわれるものは,かつて,サンリオから刊行されていたのだが,絶版になり久しい。残念ながら,全くの未読。Takemanさんが,「キャンプ・コンセントレーション」を紹介しておられるので,ご参考に。ホラー系は,文春文庫で出ているようです。

 「SFマガジン 1977年1月号」

及びハヤカワ文庫SF「時のはざま」に収録。