水晶球~デイヴィッド・ブリン①

 なぜ地球が,他星系の知的種族の訪問を受けた形跡がないのか。
 人類は孤独の存在なのか。

 その謎は,人類が初めて太陽系を超えて深宇宙へと踏み込もうとした矢先の,宇宙船の大爆発事故の原因を探ることで,解決されるとともに,さらに深まります。

 実は、太陽系は,広大なシールドにすっぽりと覆われており,それが,これまで外部から干渉を阻んできたのです。

 それが宇宙船の衝突という内部からの突破によって,はじめて,シールドを破壊して,人類が外宇宙へと進むことが可能になったのです。

 人類は,知的生命の存在しそうな星系を探査しますが,そのような星系は,シールドで防御されており,外部からの接触を行うことができなくなっています。
 硝子を隔てて,中の様子をうかがうだけ。

 歯がゆい思いのまま,人類は,無数の探査機を派遣するが,ついに,地球と同じように,シールドを突破した形跡のある星系を発見し,その調査へと出発するのですが…。


 知的生命の誕生と進化,そして行く末を,非常に巨視的に展開した,いかにもSFらしい作品といえるでしょう。

 知的種族の進化を保護し,結果として,種族の多様化を図ろうというのが,シールドの目的ですが,こんな壮大な事業を、誰が何の目的で行ったのでしょうか。

 シールドを突破し,シールドの意味を理解することのできた,いわゆる一定レベルまで知能が進化した知的種族の誕生を促し,そのような選ばれた知的種族どうしを会わせることに,何らかの目的を持っているのでありましょう。

 その目的はともあれ,人類は,孤独ではなかったのです。
 また,選ばれた種族の一員になるという誇りも満たしてくれます。
 ちょっと,クラークの「太陽系最後の日」の読後感と似ている爽やかさかあります。

 前向きで,フロンティア精神を感じさせる作品です。
 人類みなこういう人たちばかりとは思えないのですが。

 鬱々とした作品が好きな私としては,たまには,このように,人類の未来への楽観的なヴィジョンをうたう作品を読んで,心を晴れやかに洗うことも必要だなと思いました。

 1985年度ヒューゴー賞短編部門受賞作。
 「SFマガジン」1998年1月号掲載。