砂に侵食されつつある,閉鎖されて久しいケープ・ケネディ基地。
毎度おなじみの,バラード世界の風景が広がります。
基地の上空,宇宙飛行士のカプセルが衛星のごとく地球を周回しています。
事故により帰還できなくなった宇宙飛行士は,かつての宇宙開発時代の名残をとどめている遺物のような存在なのです。
長い年月のうちに,彼らは,軌道高度を失い,基地の無線ビーコンに誘導され,その近くの地表へと降下してきます。
主人公は,同僚であり,妻が関係をもっていた,ロバート・ハミルトンのカプセルが,近日中に落下するとの情報を得て,その場を見届け,残骸を回収したいという妻の要望にこたえて,この地へやってきたのです。
ところが,一帯は、軍が動員されている,ものものしい状況。
彼らも,カプセルの降下に重大な関心をもっているようなのです。
すっかり,外宇宙への興味が失せている世界。
落下カプセルの残骸を求めるのは,化石マニアに似た類の人たちに過ぎません。
主人公にしても,ハミルトンが完全に死亡している事実を妻がはっきりと認めた後は妻と二人の新たな関係を築けることができるかもしれないという打算があるにすぎません。
ハミルトンの帰還までの期間,夫婦関係がつなぎとめられてきただけのこと。
こんな矮小でパーソナルな役割に貶められていたことに復讐するかのように,ハミルトンの任務の事実が明らかになります。
すべての望みをたたきこわす,シニカルで無残な事実。
さらに,追い討ちをかけるような夫婦の会話(これが一番怖ろしい!)
諸作品に幾度となく現れる,バラード独特のモチーフが,実に鮮やかに,鋭利に,あまり難解にならずに描かれている,見事な作品だと思います。
「SFマガジン 2000年2月号」掲載。翻訳は,柳下毅一郎氏。
この短編の収録されている短編集は,NW-SF社から刊行されていたのだが,今では,極めて入手困難となってしまっている。 ほかにも,「ウェーク島へ飛ぶわが夢」などが収録されている,大変,質の高いもののようなのだが。
同社から出ていた「コンクリートの島」が,2003年に太田出版から復刊され,喜んだものだが,どこかの出版社が,この短編集を復刊してくれないかなあ。
創元もハヤカワも工作舎も福武書店も筑摩も,バラードの短編集は,軒並み絶版・品切れ状態の惨状。
去年,創元が「終着の浜辺」を突然復刊して驚いたが,近々,新作長編も刊行するそうで,この際,絶版短編集も,逐次,復刊してほしいものです。
2025.8.20
東京創元社が、2016~2018年にかけて、短編全集5分冊を発刊してくれました。
とはいえ、現在、新刊本では「在庫なし」の状況。なので、バラードの短編を読む機会は相変わらず少ないということです。

