標準ローソク~ジャック・マクデヴィット①

 閉鎖の日を迎えたキッチナー天文台
 夢破れた天文学者カーライルは,一人物静かな山頂にたたずみ,過ぎし日々のことを回想します。
 いつか名を残すような目ざましい発見をすると意気込んでいたあの頃,愛しのジュディと知り合ったのも,その頃でした。
 
 星間距離を測定するための“標準ローソク”となりうる青色星を発見したカーライル。しかし,残念ながら,その発見のわずか3日前に,他の天文学者に先を越されてしまっていました。
 ローウェンソール天文台長はカーライルをなぐさめます。
 「くよくよするな。今回は不運だった。しかし,きみはカムバックするさ。きみの才能をもってすれば,カムバックできないはずはない。」
 
 カーライルは,念願どおりジュディと結婚するが,次第に,彼らの間に,ひそやかな溝が生じはじめます。
 カーライルは,几帳面な研究者だが,ビジョンに欠けていました。先端の研究者に一歩遅れをとっていたのです。そんな焦りが,二人の仲まで,ぎくしゃくさせ始めます。
 
 「ジュディ,ぼくは清掃班のひとりなんだよ。どこかの誰かがすばらしいアイデアを思いついたとしよう。超銀河団は実はパンケーキで,それが何層にも積み重なっている。ヒュー,ひとつそれをチェックしてくれ。銀河のあいだの空洞は実は巨大な泡で,銀河はその縁に集まっている。ヒュー,これをどう思う?ぼくのような人間は,世界のどの主要天文台にもいる。いわば従僕さ。華々しい出来事のわきにいて,コーヒーを運ぶ役目だよ。」
 
 陰気なおじさんの自己憐憫の話じゃないかと言われそうですが,何となく身につまされてしまうんですよね(こちらは、カーライルの才能すらありませんですが)。
 ついには、ジュディという,掌中の珠さえ,失ってしまう。
 別に,彼女が,カーライルに,名声を求めたわけではないのだけれどね。
 自分の才能の限界にうすうす気づいてはいるものの、天文学者として、名に残ることを成し遂げたいと思いにがんじがらめになってしまう。
 カーライルの生き方の下手さ加減が,痛々しく、わかっちゃいるけど破局に魅入られる感覚というのも、わかるような気もします。
 
 天文台閉鎖の日、一人たたずむカーライルのもとにジュディがやってきます。
 もう、よりを戻すことはない二人ですが、彼らの会話が渋くて、切ない。
 
 苦味を帯びた琥珀色の短編というとほめすぎか。
 でも,人生とはこのようなものという,年を経た大人の語るビターな私小説風SFともいうもので,なかなか気に入った作品の一つです。
 
 作者は,46歳でデビューということで,そういうところも親近感があります。
 ただ、辛気臭い愚痴めいた話ということで、好悪が別れる作品かもしれませんね。
 
 ハヤカワ文庫SF「90年代SF傑作選 下巻」収録。浅倉久志氏訳。