極小宇宙の神~シオドア・スタージョン③

 ミクロサイズの宇宙というのは,SFお馴染みの話でrが,ハミルトンの「フェッセンデンの宇宙」,ディックの「世界をわが手に」,そして,この「極小宇宙の神」が有名どころ。
 (余談ながら,“銀河鉄道999”に,車窓から,極小銀河が入り込み,メーテルの手の上で,きらめきながら浮かんでいるという美しいシーンがあります。)

 内容は,世間嫌いの天才的科学者?キダーが,実験室で,新たな生命を進化させ,彼らの宇宙を創りだすという話です。

 キダーは,驚異的な多くの発明をものしますが,新たな原理を生み出す天才ではなく,発見された原理を応用する天才であることを自覚しています。

 このため、新たな原理を手に入れるためには,人間のかわりに,新たな知的生命を猛烈なサイクルで進化させたうえで,様々な試練を与え,彼らがその打開のために生み出す技術を頂戴するのが手っ取り早いという発想なのです。

 彼らにとって,理不尽かつ絶対的な創造主であるキダーは,まさに「神」であります。

 キダーの世間向けの代理人である銀行家コナントは,キダーの発明の権利を掌握することで,強大な権力を持つこととなり,キダーが富や名声に無頓着の世間知らずであることを,もっけの幸いとしていたのです。

 ところが,ある発明をめぐって,キダーとコナントが対立。
 キダーを思うままにできなくなったと考えたコナントは,政府を脅迫し,研究所の総攻撃にうって出たのですが…


 知的生命を実験室で生み出すことこそ,何より創造力を有するものであり,応用の天才が,それに成功するというのが,まずもって,合点のいかぬところではありますね。

 それはともかくも,常人には考え付かない特異な発想,異様な心の動きが,スタージョンの特徴とすれば,この作品は,さほど斬新な発想ではなく,異様さが際立っているわけでもなく,いかにもスタージョン!とはいいがたいかな。

 わりと平凡に感じられるのは,この手の発想が,擦り切れるほど使用されてきたためで,今となれば,陳腐な印象をもたれてしまう損な作品なのかもしれません。

 コナントの行動も,「悪」の通俗的パターンだしね。

 オールタイム・ベストに名の挙がる作品ではあるが,最近のスタージョンブームの中でも,まだ再録されていないのには,そういう理由なのかも。

 その点,ディックの作品の方が,今でも,衝撃度は高い。さすがです。

 「SFマガジン 1971年7月号」掲載。