月の距離~イタロ・カルヴィーノ①

 ご存知,Qfwfq老人のとんでもない法螺話を集めた「レ・コスミコミケ」のなかでも,最も好きな作品です。

 かつて,月は地球のたいへん近くにありました。
 一番,近づくとき,真下まで舟を漕いでいって,脚立をたててのぼるだけで,月にあがることができたのです。

 いや,荒唐無稽なのですが,実に壮大で魅力的な設定ですね。

 地球と月の引力が釣り合い,軽い甲殻類や珊瑚,海藻が浮遊する,銀色の海面の上を遊泳するXlthlx嬢ちゃん。

 月から地球へと戻る際に,逆立ちになって,勢いをつけて飛び上がる―地球側から見れば,月をバレーボールと見立てたトスのように滑らかに動くQfwfq老人の従弟。

 幻想的な光景です。結構,ダイナミックなところがまたよろしい。
 そして,ユーモラスなんですね。

 物語は,こんな魅力的な設定のもとでの,若きQfwfq老人,その従弟,そして船長夫人の三角関係?,悲恋を描きます。

 若きQfwfq老人が密かに恋する船長夫人,一方,船長夫人は,従弟を想っているらしい。
 それを知ってか知らずか,従弟は,全く無頓着。
 彼は,月と友達。月と無邪気に戯れているのが何より楽しいといった風情。
 罪作りです。

 ある日から,月は,次第に,地球から遠ざかり始めます。
 従弟へのかなわぬ想いを,船長夫人は,どうしたのでしょうか。


 御伽噺のような話です。
 8歳の息子に,ちょっと噛み砕いて話をしてやると,大変喜びましたね。

 脚立にあがって,月に届く…子供心をくすぐったようです。
 久しぶりに楽しい話をしてくれたとの感想でした。

 もちろん,息子には,この恋の話はわからないでしょうが。

 わたしも,恋愛の機微など疎い人間ではありますが,かなわぬ恋ほど何とやらといいます。
 船長夫人の行動は,面当てのような気もしますし,ある種の執念らしき怖さも感じるのですが,それはそれで,哀しき、きれいなエンディングとなっています。

 ハヤカワepi文庫「レ・コスミコミケ」に収録。
 ほかにもいい作品が揃っていますが,特に「水に生きる叔父」が噴飯もので最高です。
 永らく,入手困難でしたが,2004年に復刊されました。
 同じく,Qfwfq老人の活躍する「柔かい月」も河出文庫から出ています。