死んだらそれっきりという世界は,かつてのこととなっていました。
全生涯の思念・意識・記憶というものを,信頼できる相手に転写しておく,“コンタクト”なるものを行うことが普及し,死のような,いざという場合には,相手に,こちらの記憶等を完全に引き継がせることができるのです。
互いに,少々,居心地の悪い思いはしばらくあるものの,両方の人格が次第に融合していき,うまく落ち着くことになるというわけです。
ちょっと強引な設定ですが。
というわけで,死は,いまや,体の乗り換えに過ぎなくなっていたのです。
物語は,“コンタクト”する相手がいない,“コンタクト”しても,かたっぱしから解消されてしまうという孤独な男に,下手に同情してしまった主人公の悲劇を描きます。
この孤独な男は,異常なまでの心配性という性癖があったのです。
脳を走査して,その全内容を電子記憶に転送する技術から生み出された“コンタクト”…記憶を生身に再転送する発想が面白いですね。
通俗的サイコ・ホラーともいうべき作品。
ジョン・ブラナー。
18歳で,最初のSF作品を売ったという早熟の天才であり,大作「Stand On Zanzibar」でヒューゴー賞を受賞,鋭い社会告発の作品群(「The Sheep Look Up」,「衝撃波を乗り切れ(The Shockwave Rider)」)や,初期の名作「テレパシスト」などの作品があります。
人口爆発を描く「Stand On Zanzibar」は,かのサンリオSF文庫が刊行予定だったというらしいのだが,いまさら,邦訳は望み薄。
「衝撃波を乗り切れ」は,集英社ワールドSFという,マイナーなシリーズから刊行され,当然ながら絶版のまま。
「The Sheep Look Up」は,環境汚染を描くものらしいのだが。
極めて,現代的な問題に取り組む作品ではないかと思うのですが,今では,時代遅れの色褪せた内容なのか、それとも、なお通用するものなのでしょうか。
翻訳に頼る私としては,確認のすべがありません。
同様に,短編も,それなりの数,翻訳されているのだが,ほとんど絶版で埋もれてしまっています。
すぐれた作品を書いても書いても,さほど世評も上がらず,経済的満足も得ることもできなかったそうで,その不遇さが,SF作家としての悲哀を感じさせます。
小器用な立ち回りが不得手な人だったのかもしれないですね。
ジュディス・メリル編「年刊SF傑作選 5」(創元推理文庫)
ハヤカワSF文庫「ホークスビル収容所」収録。

