激烈な戦闘が続く最前線。
正体のつかめない敵が,あらゆる空中攻撃兵器を使って,最前線の突破を図っており,軍はこの前線を防衛することに人類の存亡がかかっていると考えていた。
ある日のこと,主人公は,幸運にも,軍務の「解任」を命ぜられ,武装を解き南へと向かう。
ここでは,「時間勾配」なるものが存在し,北へ向かうにつれて,時間が“集速〝されており,最前線の戦闘地帯では,時間の経過が相対的に極めて遅いのである。
主人公は戦線から遠く離れた南の町に住むこととしたが,やがて,結婚をし,子供にも恵まれ,社会的な地位も得て,芸術活動・社会活動などにも充実した日々を送り,満足できる人生を過ごしていた。幸い,子供たちの才能も開花しはじめており,妻と彼らの将来について語り合うのであった。
そんなある日,主人公は,通勤途上で,突然,軍からの招集をうける。有無をいわせない命令。主人公は,家族との別れすら許されないままに,軍務へと復帰させられ,再び,最前線へと派遣される。
彼を迎えた上官によると,再招集のわけは,彼の後任が,交代後すぐ戦死したためであるとのこと。彼が,戦闘を離れて再び戻るまでの時間は,わずか20分足らずであったのである…。
本当に人間らしい生活の時間は極めて速く過ぎ,悪夢のような戦闘の時間は極めて緩慢にしか過ぎていかない。主人公が,再び前線へと向かう途中でつぶやく,「もうあれから10年がすぎ,子供たちは父親のことを忘れはじめているだろう」との台詞に,胸をつかれました。
主人公の名称が,戦闘地帯ではH,そこから離れるにつれて,人格を帯びた名前と変わっていくところなど,軍組織の非情さ,そこにおける人間の没個性化が簡潔に表現されている。
さらには,敵は本当に存在するのか,自らの攻撃が時間の「壁」からはね返ってきているだけではないのか、この戦いに意味はあるのか、戦闘それ自体が目的化しているのではないのか、そのような根本的な疑問すら出てくる。
これだけの内容を凝縮し,さほどのオーバーフローを感じさせないあたり,さすがに名高い作品だけのことはある。
ハヤカワ文庫のアンソロジー「忘却の惑星」に収録。作者は,デイヴィッド・I・マッスンという人。ほかに「ニューワールズ傑作選」(HPB)に「二代之間男」なる作品が掲載されている。最近,ニューウェイブ系の作品を読むことが多いなあ。ニューウェイブといっても,おおかた40年前か…。
⇒2025年現在、2冊のアンソロジーに収録されています。
この傑作が埋もれたままになっていることが不思議でしたね。


