ホルヘ・クラインは,亡妻シビルを追い続けています。
34歳の若さで無くなったシビルは,「死者」として再生することを選択しました。
生前,ホルヘとシビルとは,お互いがお互いの一部であるというような,相互に離れがたい特別の仲だったため,ホルヘは,シビルが全く別の存在として生まれ変わったことを承知しながらも,なおも,シビルを我が手に取り戻そうという未練を捨てきれないでいたのです。
シビルを追いかけ,ザンジバー島から,果ては,死者を装ってまで,近づこうとするホルヘ。
だが,シビルや仲間たちは,ホルヘのそんな行動を,冷淡,無関心にあしらいます。
―死者にとって,森羅万象はすべて絵空事だということを覚えておけ。彼らにとって本物はない,特に大切なものはなにもないのだ。なんでも悪ふざけのようなもの,そう,ただの悪ふざけだ。―
ホルヘは,願います。
かつて二人の間に存在した絆の記憶だけを,シビルに呼び覚まそう,つぎに,冷静に,穏やかに,絆を断つ,そのため,一夜だけ静かに語り合って,妄執を追い払う手助けをしてくれればよい。
執拗なホルヘに対して,シビルと仲間たちは,平穏を取り戻すため,行動に出ます。
ホルヘの思いなど,何の同情を覚えることもなく,冷静に…
この作品は,1974年度のネビュラ賞ノヴェラ部門の受賞作です。
「死者」と「生者」との隔絶を,丹念に,静かに描かれていることが,「死者」の異質さをじわじわと伝えるのに,とても効果的です。
決して,扇情的な作品ではないのですが,上品な「死者」たちのおぞましさ,忌まわしさを,これだけ感じさせてくれるのは,たいしたものだと思います。
解説で,安田均氏が,「寓話の域に達している」と書かれています。
下手な哲学的論議で,読者を混乱させることもなく,それでいて,読む人それぞれが何かしら考えさせられる,そんな風格さえ纏った作品です。
作者の冷静に引いた視点が,テーマとぴったりはまっているような気がします。
シルヴァーバーグは,自らの冷めたシニカルさを,「死者」に投影しているのではないでしょうか。
作中,シビルたちが,絶滅した動物を再生したサファリを楽しむシーンが魅力的。
「地上から消えた動物」を書いたシルヴァーバーグにだけに,達者なものですが,そんな動物たちの命を弄ぶシビルたちへ,最も反感を覚えたのは,この場面でもありました。
「SFマガジン」1976年10月号掲載。
【蛇足】
この作品は,シルヴァーバーグが,SF界からの二度目の引退を表明して話題になった2年ほど前のものであるらしい(ちなみに,エリスンとマルツバーグも,同時期に引退を表明)。
シルヴァーバーグは,「力を入れた作品ほどすぐに絶版になる状況に嫌気がさした」そうです。
もちろん,数年で,長編SFファンタジー「ヴァレンタイン卿の城」で復帰するのですが,読者に多くは望まず,売れる作品を書くだけという,職人的な割り切りの境地に至ったのでしょうか。

