「恐竜たちの方程式」(原題:Think Like a Dinosaur)という題名から連想されるように,あの古典的名作「冷たい方程式」を意識して書かれた作品ということです。
話としては,爬虫類種族である異星人から受けた、超高速転移技術を使用するにあたっての掟を守らなければならなかった男の話です。
全身をスキャンして,人工のワームホールをひらいたまま,超高速信号を通過させ,目的地に着いたところで,基本粒子から転移者をアセンブルする―ただし,これらの技術は、現実を変化させることができるほど強力なものであり,いかなる知性体も,“調和の維持"に全面的に協力していることを証明してからでなければ,銀河クラブの一員とはなれません。
この“調和の維持"の一つが,この転移を行った後の,複製済みの不要な人体は,抹消されるというものであります!
主人公は,ステーションで,カマラという女性を転移したのであるが,複製済みで“抹消"されるべきカマラが抹消されなかったという不慮の事態が生じたという設定です。
「冷たい方程式」でいう方程式とは,物理法則の非情さをいうのだが,この作品で言う方程式とは,いわゆる銀河クラブの一員に加わるための“調和"を乱さないというルールなのです。
「冷たい方程式」では,娘は,自ら船外へと出て行きます。
この作品では,ステーションに残されたカマラをどうするのでしょうか。
また,目的地たる惑星に転移された方のカマラは?
この作品の背景には,「冷たい方程式」における解決方法は,たとえば,娘と同じくらいの質量の機器を代わりに遺棄すればいいのに、何でこんな非人道的なやり方になってしまうのかという話が変な方向に進んで,どうも,性差別的な意味合いを持つ方程式であり、解ではないかという,大変うがった議論がおきたことがあるらしいのです。
まあ,性差別かどうかは別として,困難に直面している対象が女性であれば、こうしう議論が出てくることもあるのですね。
それはそうと、なかなかに,インパクトのある作品であり,「冷たい方程式」とは,“普通"に読む限りは,似ているところもあるけれども,パロディーのようなものではありません。
個人的には,やはり,「冷たい方程式」の何ともならない非情さにひかれますが,この作品の“フクザツ"な気持ちにさせるエンディングも捨てがたいものがあります。
1996年度ヒューゴー賞ノヴェレット部門受賞作。
「SFマガジン」1997年1月号掲載。
作者のジェイムズ・パトリック・ケリーは,サイバーパンク系でメジャーになりましたが,どちらかというと,“文学派"的な雰囲気が強い作家ですので,読みやすいですね。
