酔いどれのフル博士は,スラム街に住む、落ちぶれた無免許医師。
飲みつぶれたある日の朝,目が覚めると,部屋の中に黒い医療用カバンがあるのに気がつきます。
これは,まさに魔法のカバンでした。
医療用具一式と薬物管。
縦の欄には諸組織の概約のリスト,横の欄には症状のリストがあり,該当する箇所には,適切に処方された薬剤までがセットされるのだ。
博士がこのカバンを盗んだのだろうと強請って,それをネタに一儲けしようと企むアンジー。
性根は違えども,彼らは,サナトリウムを開業し成功します。
博士は,考えていました。
「わしたちに起こったこの素晴らしいことを,独り占めにしてはならない。誰があのカバンの恩恵を受けるべきなのか,医学界の大御所に決めてもらうのだ。アンジーはきっと分かってくれる。あれは心根のやさしい子だ。」
でも,博士がその考えを伝えたとき,アンジーの顔がみるみる変わり,本性が剥き出されます。
後は,救いのない残酷で鮮烈なラストへとまっしぐらとなります。
この作品は,コーンブルースの作品の中でも,一番有名なものです。
医者としての矜持と良心を残していたフル博士の報われない死,善なる心を持ち得なかったアンジーの悲惨な末路。
さらに,物語の背景として描かれる,大多数の人類の知的水準が段々低下していく未来の姿が,暗鬱でシニカル。
このカバンは,能力不足の医師でも何とかやっていけるように,コンパクトに作られた医師用万能カバンが,たまたま,その未来から転送されてきたものだったのです。
一部の超能者により,外観だけは、社会秩序を保たせるための策が施されていましたが,彼らは,新たな社会を創る間近にまで来ていました。
おそらく,それは,彼ら以外の人類を別の種族として取り扱うことになるのでしょう。
それも知らぬ人々の愚物さ加減が痛々しくさえ感じます。
ただ,人類の知的水準の低下が,低能者と,正常者や超能者と異系交配の進行による能力劣化という設定は,やや説得力に欠けるような気も…。
それでいうと,ウィリアム・テンの「非P」の方が身につまされるかも。
一部のエリートが,リーダーとして人類を引っ張っていくべしという「選民」思想は,民主主義の限界や衆愚政治の課題が取りざたされてくる一方で、結構根強くあるものなのかもしれません。
「SFマガジン」1974年8月号掲載。
